ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい
どうして敬語なのですか?
◆ ◆ ◆
あれから夢うつつな気分で屋敷に戻ってきた私は、特に何するわけでもなく夜を迎えてしまいました。
なんと私がカミュさまの上司です!
そのことを夕飯を食べながらクロに報告したら、クロも目を丸くしていました。そりゃそうですよね!
やっぱり厨房でそのまま食べています。今日のお夕飯はクロ特製の海鮮ピラフです。学校から帰ってパパッと作ってくれたのに、お米には魚介の旨味がこれでもかと染みています。さすがクロ、お姉ちゃんはいくらでも食べれちゃいますよ!
「姉さん……それ、本当に大丈夫なの? 無駄に役職だけ押し付けられて、責任取らされたりしない?」
「ど、どうなんでしょう?」
そんな食事中のお話が、こんなあやふやな話題だと美味しさが半減してしまいますよね。話題を変えましょう!
「あ、クロの方は如何でしたか? 学校でお友達は出来ましたか?」
「僕は……別に友達作りに行っているわけじゃないんだけどね」
それでも、あくまで私の想像ですが、やっぱり楽しく学ぶに越したことはないと思うのです。それにはやっぱり学友ってものが不可欠ですよね?
それをどうやってクロに説き伏せようか考えていると、クロが後ろから抱きついてきました。
「心配しなくても大丈夫だよ。明日から一緒に登校する人が出来たから。朝、屋敷の前で待っている人がいるかもしれないけど、怪しい人じゃないからね」
なんと! 私が心配するまでもなく、もうそんな仲良しさんを作ってしまうとは……お姉ちゃんとしては嬉しい限り。それなのに……お家だと、こうしてお姉ちゃんに甘えてきてしまうのですか? まったくもー。しょうがないですねー。
きっと学校初日、とても頑張ったんでしょう。昔と違って背中のクロが大きいから、私は少しだけドキドキするのは内緒です。だって、私たちは姉弟ですからね。
さて、頑張った弟を褒めてあげないと!
私は後ろ手を伸ばして、そんなクロの頭を撫でてあげます。
「それなら私も一度ご挨拶しないと!」
「そんなのはいいから……これ以上変な虫がついたら嫌だし」
「虫ですか? 学校には虫がいっぱいいるんですか?」
クロの通っている学校は街の中心から少し離れた場所にあるとのことですが、自然がいっぱいなのでしょうか? 私が小首を傾げると、クロが私の肩に顔を埋めてきました。
「クロ?」
「いや――てか僕のことより、やっぱり姉さんの方が心配だよ。もう一回、将軍職になった経緯を教えてもらえる?」
「それが何回話してもよくわからないんですけど――」
包み隠さず、私は何回でも話します。しかし、いくら二人で考えても『陛下の気まぐれ』としか答えが出ず、クロはとても深い溜息を吐いていました。
だけど『添い寝役』が将軍様級の役職ならば、それだけ大事なお仕事ということに違いありません。偉くなればなるほど、失敗は許されない。気を引き締めて、取り掛からねば……!
だから私は先手必勝。ベッドで正座してカミュさまのご帰宅を待っていました。ちなみにギギはすでにベッドの脇で丸くなっています。ベッドの上で寝たかったようですが、遠慮してもらいました。カミュさまが猫が好きか、まだ確認していませんからね。
そして夜も更け、日付も変わった頃。
「お帰りなさいませ」
「あ、あぁ……」
お帰りになられたカミュさまはフラフラでした。背中が丸まっているように見えます。顔色もすごく悪いです。見るからに疲労困憊のご様子。
そんなカミュさまに、私は威勢よく言いました。
「それでは、共寝しましょう!」
すると、カミュさまが急に苦しそうな顔をして咳き込みだします。え、どうしましたか? まさか持病の癪がとかいうやつですか⁉
「カ、カミュさま死なないで!」
「飴の誤飲なんて情けない死に方は勘弁してくれ――いや、して下さい」
「カミュさま?」
慌てて腰をあげようとする私を、カミュさまは制止させます。飴ですか。確かにそれをゴクンとしたら苦しいですね。でも油断してはなりません。それで亡くなってしまう子供やご老人のお話を聞いたことがありますよ!
僭越ながら、私がそのことをお話しようとすると、カミュさまは「あー」と眉間を摘んで上を向かれました。そしておっしゃります。
「今日もまだ仕事が残ってますので、貴女は先に寝ていてください。貴女の私室にもベッドはあるでしょう? たまにはそちらでゆっくり休まれては如何ですか?」
なぜ、敬語なのですか……?
それに――私の知る限り、カミュさまは私たちが来てから一睡もしていません。不眠不休です。どんなにカミュさまが凄い御人であろうと、人間無理は禁物です。どんなに得意だろうと、身体が丈夫だろうと、過信してはなりません。だって……無理したら、お母さんみたいに死んじゃうかもしれません。
それは……絶対にダメなんです。
「……ダメです。今日こそは一緒に寝ます」
「だから仕事が――」
「命令ですっ!」
言いました。言ってしまいました。切り札です。
屯所からの帰りがけ、陛下から念押しされていたのです。
『今晩もカミュが寝ないようなら、きちんと『命令』だと言うんだよ』
言いました。陛下の助言を実行しました。すると、どうでしょう。
カミュさまは奥歯を噛み締めた後「め、命令とあらば……」とマントと軽鎧を外します。私がポンポンとベッドの上を叩くと、そこにドスンとカミュさまは腰掛けました。
私は思わず固唾を呑みます。カミュさまが私の『命令』を聞いてくださいました。なんかちょっといい気分。だけど……浮かれている場合ではありません! 今日こそ、今晩こそ私の任務を遂行しなければ!
「で、でででで、では私の横に――」
「そ、その前に!」
慌てて立ち上がったカミュさまの目は泳いでおりました。
「湯を浴びてきてもいいか――いえ、いいですか⁉」
「え、あ、はい……」