ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい




 仕切り直しです。お風呂上がりのカミュさまはいい匂いがします。

 私も同じ湯殿を使わせていただいておりますが、屋敷の立派さにそぐわずとても広く、なんとお花が浮いているのです。クロが気を利かせてくれたのかと聞けば、気付けばいつも綺麗になっているとのこと。他にはカミュさましか住んでいないはずなのですが……実は妖精さんなどいるのでしょうか?

 だけど、そのような考えもカミュさまが隣に座ったらいつもどこかへ吹き飛んでしまいます。濡れて髪を下ろしたパジャマ姿が可愛らしいのです。でもそれは言わないでおきます。クロにでさえ嫌がられてしまうのですから。男性に「可愛い」は禁句なのでしょう。

 ともあれ、三度目の正直です。

 ベッドの横になったカミュさまの横に私も添い寝します。すでに暖かいのは私が緊張しているから? それともカミュさまの体温?

 私が子守唄を歌おうとすると、カミュさまがボソッとお話されました。

「あ……明日、一緒に出掛けましょう」
「お、お出かけですか?」
「一日休みを貰いました。持って帰ってきている仕事もあるから長時間は難しいですが……昼食がてら、行動を共にしていただけますか?」
「それは……カミュさまのご指示に従いますが……」

 私の方が役職が上であっても、あくまで体面でのお話です。基本的に私の御主人様はカミュさまだと思っていますので、ご指示とあれば精一杯努めさせていただく意志に変わりはありません。

 ですが、

「私なんかが、ご同行しても宜しいのですか?」
「……どういうことです?」

 思い返すのは、今日屯所へお訪ねした時のこと。カミュさまが一蹴して下さいましたが、私のような身なりの女が隣にいては、カミュさまが笑い者になってしまいます。どうにかしようにも、私は似たような服しか持っておりません。さすがにこのネグリジェで日中出歩くわけにもいきませんし……。

 それをどう言えばいいのかわからないでいると、カミュさまが言います。

「――いや、今の質問はなかったことに。貴女は黙って、俺に付いてきて来て下さい。わかりましたね?」
「わ、わかりましたっ!」

 どうしましょう? もう本当にどうしましょう⁉

 胸がドキドキうるさいです。黙って俺に付いて来いとか、初めて言われました! それもなんと見目麗しい騎士様からです! 

 自意識過剰は百も承知ですが……私も人並みに寝物語のヒロインに憧れたことはあるのです。どうしましょう、寝かしつけるのが私の仕事なのに、今晩は私の方が眠れそうにありません!

 カミュさまに背を向けて爆ぜる胸を押さえていると、背中越しに「サナ様?」と声が掛かります。その違和感に、私はヒタッと我に返りました。

「しかしカミュさま……どうしていきなり敬語でお話されるのですか?」
「それはあんたが……いえ、貴女の方が階級が上なのだから当然でしょう」
「お嫌ではないのですか?」

 私の質問に、カミュさまは一瞬押し黙りましたが、

「……嫌とか、俺の心情の問題ではありません。陛下が貴女を将軍階級と決めた以上、騎士としての礼儀の問題です」

 仰向けに寝ながら説く心積もりは、とても立派なものです。私も働く身の上、見習わなければなりません。それでも、やはり受け入れられるものと受け入れられないものがあります。

「でしたら……敬語はやめていただけますか? なんかこう……ムズムズするといいますか、居心地が悪いといいますか……」
「ですが、各々の立場を明確にするためにも――」
「私が嫌なんです! せ、せめて二人きりの時だけでも……」

 私はクルリと身体を向けると、カミュさまと目が合いました。やはり菫色の瞳がとても綺麗です。吸い込まれそう……。でもカミュさまの真剣なお顔を間近で見てしまい、思わず目を瞑ってしまいます。

 そんな私に、カミュさまは言いました。

「……それも命令ですか?」
「め、命令です! 敬語ダメ、絶対!」

 慌ててコクコクと肯定してから薄ら目を開くと、カミュさまが苦笑していました。

「ならば――仕方ないな。陛下の御前等公の場を除いて、俺も普通に話すことにしよう」
「た、助かります……」
「だから、あんたもその敬語をやめたらどうだ?」
「わ、私もですか⁉」

 カミュさまの急な発案に驚きを隠せません。もちろん申し出は嬉しいです。仲良くなれそうです。だけど、私のこれは癖なのです……。

「とても光栄なお申し出ですが……この口調が一番ラクなのです……」
「そういえば、弟に対しても敬語だな。何か理由があるのか?」
「そういうわけではないのですが……お父さんもお母さんや私たちに対して敬語の人だったので、気が付けば私もずっとこんな風でして……」

 それ以上も以下もない大したことない理由で、なんだか恐縮です。だけどカミュさまはそれに笑いもせず「なるほど」と言った後、口元を手でお隠しになりました。

 おや……?

「カミュさま、もしかして眠いですか?」
「……最近、ほとんど寝ていなかったからな」
「お話にお付き合いいただき、ありがとうございます」
「いや、別に俺は――」

 クロ、やっぱりお姉ちゃんの目は正しいみたいですよ。

 一見とても厳しく冷たい人のように見えますが、その実とても優しい方です。今も私の緊張が解けるように、眠いのを押し殺してお話してくださったのですから。

 私はゆっくり息を吸い、カミュさまの胸に手を当てました。厚い胸板はパジャマ越しでもとても暖かいです。カミュさまの呼吸に従い上下する胸を、私はそっと叩きます。

 そして、歌いました。昔からずっと歌っている曲です。お母さんが私に歌ってくれていた曲。私がクロを寝かしつける時にいつも歌っていた曲。クロもたまに鼻歌として歌っている曲。

 だけど、カミュさまの呼吸が変わりません。目を閉じているだけで、眠っていらっしゃらないようです。

 狸寝入りはダメですよ? だてにずっとクロを寝かしつけていないんですから。私、見抜けちゃいますからね? 私が寝た後にこっそりお仕事しようだなんて、そうは問屋がおろしません。

 その優しくて少し淋しげなメロディーに、私はこっそりと呪文を混ぜます。すると、透明な私の魔物リィーリが、カミュさまの頭にそっと鼻を付けました。

 すると、まもなくして。私の歌に、カミュさまの寝息が混じります。寝てしまわれたようです。

「――ゆっくりお休みなさいませ」

 その穏やかな寝顔に、自然と私も頬を緩めていました。

 どうか真面目で優しい騎士さまが、素敵な夢を見られますように。そう願いながら歌っているうちに――いつしか、私も目を閉じていました。



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