ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい
街が華やいでいるように見えました
「今は何時だ⁉」
「お、お昼前です!」
あれからグッスリでした。カミュさまが格好良すぎて寝れないかも……なんて心配していたのは、どこの誰だったんでしょう?
二人して目覚めた時には、太陽はすごく高い位置。ギギもいません。私が見つけた時には、クロが厨房に置いてあった朝ごはん用のサンドイッチを齧ってました。二人分食べてお腹がいっぱいになったのか、満足そうです。
そんなわけで、私たちの朝ごはんがなくなってしまいましたので、身支度でき次第お出かけすることになりました。私服のカミュさまは眼福です。シャツの上にセーターというシンプルな出で立ちがとても様になっています。そして今まで見た中で一番顔色も良いように思えます。魔法で無理やり眠らせてしまったからどうかな、と心配していたのですが、杞憂のようです。えへへ、ぽんこつにも一つくらい特技があるものですよ。めったに役に立ちませんけどね。
実際、待ち行く人々の視線はカミュさまに釘付けです。眉間のシワも怖さが半減されて、すごくカッコいいですもんね。特に女性からの視線は熱いように思います。
だけどその視線は、隣を付いていく私に向けられると、途端にしかめられます。当然ですよね。こんな――それこそ下女みたいな女を連れ歩くなんて、カミュさまの品格が損なわれてしまいます。だからギギと一緒に少し離れて付いていこうとするも、カミュさまは「遅い!」と足を止めてしまうのです。
「なんだ。また空腹で倒れそうなのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「……だったらちゃんと着いてこい」
カミュさまはため息吐くと、ぐいっと私の手を引っ張ります。痛いわけではないのですが……え、そのまま手を繋いで歩くのですか⁉ 節ばった大きな手。固いけど、温かい、不思議な手。うぅ、カミュさま、みんな見てますよ? 恥ずかしいですよ……?
熱くなった顔で道の煉瓦を数えながら歩いていると、カミュさまが「ここだ」と立ち止まりました。顔を上げてみれば、ハサミの看板が掲げられてますね。どうやら理髪店のようです。
「すまない。遅くなった」
カミュさまが扉を開けると、カランカランとベルが鳴りました。小さいながらもインテリアがとても可愛らしいお店です。お花や木彫りの人形がたくさん飾られている中で、女性店員さんが「お待ちしておりました」と両手を擦っています。
「予約していたバルバートンだ。彼女を頼む」
「畏まりました」
お店の雰囲気に驚く暇もなく、手を離された私はお店の奥へ。カミュさまは入り口付近のソファに座っています。そして大きな鏡の前の椅子に案内された私は、あれよあれよという間に髪を切られてしまうのです。
え、あの……これはどういうことですか?
そして次に連れて行かれたお店もまた、すごく可愛らしいお店でした。今度は洋服屋さんです。
「適当に何着か見繕ってやってくれ」
「お任せ下さい!」
店員さんに言われるがまま、私は試着を繰り返します。着替えるたびに「どうですか?」と聞かれますが、どれもこれもオシャレすぎて、私には何が何だかわかりません。今日は一体何なのでしょうか……?
試着室の中で、店員さんが親しげに話しかけてきてくださいます。
「お客様のご出身はどちらなんですかぁ?」
「え?」
「バルバートン様からは地方から出てきた知人の娘だから、王都で浮かないようにしてやってくれとお申し付けられているんですよぉ」
なるほど。そりゃそうですよね。公にこの醜いのが添い寝役だとか言えませんよね。それなら、私も話を合わせるのが業務の一環です。
「えーと……エルス地方の隅っこですかね」
「あ! もしかして魔女の森辺りですか?」
「……そう言われることもありますね」
「あれですよねぇ。アルクハンドル大戦の終末を導いたっていう炎の魔女の隠れ家で、迷い込んだら最後二度と生きては帰れないという……なんかこないだも、火災があったとかなかったとか?」
炎の魔女は、お母さんの異名です。そしてその火事の犯人は、私なのですが……。
生きて帰れないとはひどい言い草ですね。お母さんも私たちも、普通に暮らしていただけだというのに。
少々ムッとしてしまいますが、店員さんは「火事といえば」とお話を続けてきます。
「数年前のレルモンド事件も覚えてますかぁ?」
「あの……星祭で有名な街ですか?」
「そうそう! あの街での大火災も、炎の魔女によるものだったらしいじゃないですかぁ。ようやく今年から星祭も再開するみたいですけど……怖いですよねぇ。お客様は森で魔女に会ったりしましたか?」
店員さんはニコニコとドレスみたいなワンピースを着付けて下さいます。でも、どうしても私は笑う気分になれません。
「……そんな怖い魔女、会いませんでしたよ」
「そうですかぁ。まぁ、あくまで噂ですしね!」
店員さんが鏡越しで私の顔を見ています。そしてなお明るい笑みを浮かべて、次の話題を提供してくれました。
「それにしてもバルバートン様とお知り合いなんて、ご実家も有名だったりするんですかぁ?」
「えーと……どういうことでしょう?」
「だってバルバートンと言えば、ちょっと色々ありましたけど、昔はれっきとした旧家のお一つだったじゃないですかぁ。貴族様からの当たりは今も強いらしいですけど、わたしたちのような庶民からしたら、前バルバートン当主は救世主みたいな御方ですし。カミュさま自体もこの国の英雄ですし、普通なかなかお近づきなんてなれないですよぉ!」
旧家。救世主。英雄――なんでしょう。すごい単語のオンパレードです。
それらに目を見開いていると、店員さんが耳打ちしてきました。
「実は、許嫁とかだったり?」
「ま、まさか!」
思わず大声を出してしまうと、カーテンの向こうからカミュさまが「どうした?」と声を掛けてきてくれます。
「だ、大丈夫ですっ!」
私が慌てて答えると、店員さんがクスクスと笑っていました。
「もう、お客様可愛い~」
「じょ、冗談はこのくらいで勘弁してください!」
もう鏡に映る私は顔が真っ赤だし、恥ずかしくて仕方ありません!
でも、あんな大きなお屋敷に住んでいる騎士様で、あの若さで役職に就いているのは、凄い方なのだろうと薄々思っていたのです。なんか私の想像以上に凄い御方みたいですが。
でも、だからといって私なんかが婚約者だなんて……婚約者だなんて……。
「ふふっ。さぁ、お着替え終わりましたよ。未来の旦那様に見てもらってくださぁ~い」
だから違いますってばぁ!
私は訂正するよりも恥ずかしさに負けて、「ありがとうございます!」逃げるように試着室を出ます。すると、カミュさまが立ったまま待ってて下さいました。
「それが気に入ったのか?」
「あの、えーと……」
「遠慮はしなくていい。目に付いたやつ片っ端から着てみせろ」
「あ、はい……わかりました……」
それからも、私のお着替えは続きました。店員さんとのお喋りも続きます。もうずっと「旦那様との出会いは?」とか「今日は何かの記念日なんですかぁ?」とか、そんなことばかり聞かれてしまうんです。
そんな甘い話は何もないのに! 私とカミュさまはお仕事上の付き合いなのですから!
そんな甘い話なんて……あってはならないんです。寝顔が可愛いだとか、思ってしまう私が不純なのですから、言えるわけないのです!
何とか一通り終える頃には、私はヨロヨロでした。
「お客様、どれになさいますかぁ?」
うぅ……聞かれましても、洋服どころじゃなかったですよぉ。
私がまごついていると、待っていたカミュさまが「今まで着たやつ、全部もらおう」と口になさいます。店員さんの目は輝きますが、私はパチクリ瞬きすることしか出来ません。
とりあえず、今はその中の一つであるワンピースを着ていろ、とのことです。落ち着いた水色の綺麗なワンピースです。動くたびに裾が綺麗に広がり、思わず何度も回ってしまいます。
鏡の前で何度もクルクルしている間、カミュさまが店員さんと話していました。
「女性のオシャレというやつに、あとは何が必要だ?」
「そうですねぇ。お貴族様でしたら、お化粧と香水を嗜む方が多いですね。あと靴の買い替えも検討した方がいいかと。装飾品や簪屋もご紹介できますよ」
「あまり臭いのは好かんな。良い靴屋と簪屋を教えてもらえるか?」
「それでしたら――」
カミュさまはずっと険しいお顔でした。まるでお仕事をしているように淡々と、私を街中のオシャレなお店に連れて行って下さいます。
私はどこのお店でも勧められるがまま、流されるがまま。
「こんなもんだろう」
そして一段落した時には、もうお八つ時でした。目まぐるしい時間でしたが、お腹はペコペコ。朝ごはんをたくさん食べただろうギギも不満そうに、私の真新しい靴を前足で小突いています。
「ギギ、傷付けないでくださいね」
「みゃ?」
私がギギを抱き上げると、私のお腹もキュルキュル鳴ってしまいます。恥ずかしい……顔を上げられません。
だけど笑い声が聞こえて視線だけ上げれば、カミュさまが苦笑していました。
「いきなり連れ回してすまなかったな。飯を食うにしても、せっかくなら身なりを改めてからの方がいいと思ったんだ。飯は俺の馴染みの食堂でいいか?」
「え、あ……はい……」
やっぱりカミュさまは言うないなや、足早に進んでしまいます。慌てて追いかけようとしますが……ふと商店の窓に映る姿に、私は足を止めてしまいました。
――この御令嬢は、一体誰なのでしょう?
腰まで伸びた飴色の髪がふわりと軽やかに弾み、水色のワンピースと相まってまるでお人形のようです。肌にも薄っすら白粉と紅を塗って、いつもより三割増しに目鼻立ちがハッキリ見えます。簪や装飾品も与えられそうになりましたが、滅相もないとお断りしました。それは正解です。もうすでに十分華やかですから。
胸元に毛の長い黒猫を抱えた彼女は、間違いなく――
「サナ、何をしている?」
「はい、只今!」
そうです、サナです。私なのです……私なのですが……これ以上、カミュさまをお待たせするわけにもいきません。私は慌てて駆け出します。
もう周りから嫌な視線は感じません。そのせいか、数時間前よりも街並みが華やいで見えます。