ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい
「そういえば……初めて名前を呼ばれました」
「……そうだったか?」
本当は昨晩に一回「サナ様」と呼ばれています。だけど「サナ様」なんて誰ですか状態です。
だから私は、
「えぇ、きっとそうです。ありがとうございます」
と、笑いました。ぎこちなかったかもしれませんが、勘弁して下さい。
本当に場違いな食堂なのです。むしろ食堂と呼ぶには烏滸がましいほど綺羅びやかな……食事処? 適切な言葉を、私は知りません。
パスタに乗っているキラキラした粉は何でしょう? 食べても味がしません。代わりにどってことないキノコを口にすれば、ブワッと口の中で風味が爆発するんです。
本当に見た目は謎の金の粉が少しだけ乗った地味なクリームパスタ。だけどこんな複雑な味は初めての体験です!
前菜のサラダも見たことない野菜が沢山でした。謎のプチプチする葉っぱや少し苦い真っ赤な葉っぱに、生魚が和えてありました。もうお魚を生で食べるということすら未知の領域。
周りはもう見ません。お城でもそうでしたが、絶対に触れるなと言わんばかりの調度品だらけなのですから。芸術の良し悪しは残念ながら把握しかねます。が、弁償金額でクロを泣かせるなんてごめんです。
そんな場所で、向かいに座るカミュさまは優雅に同じパスタを食べています。気後れする様子もありません。さすが騎士さま。ただ無言で食べているだけでも、田舎育ちの私とは風格も気品も違います。ちなみにギギはさすがに外でお留守番です。それでもカミュさまの一声でミルクは貰えています。そのお気遣いには頭が上がりません。
「何がありがとうなのか、さっぱりわからんな」
そして、また会話が途絶えてしまいました。優雅な弦楽器の音色が耳に入るばかり。そうです。私が話しかけなければ、特に会話がないのです。このような場所で、より気まずいのです……。
そしてパスタを食べ終わってしまったカミュさまがフォークを置きました。ナプキンで口元を拭った後、食後のお茶を頼まれます。
いけません! 私も早く食べ終えなければ!
なのに、私が慌ててフォークを動かそうとすると、カミュさまは言います。
「あんたは得意な家事とかないのか?」
カミュさまからの質問です! ここはぜひに会話を盛り上げなくては……!
だけど、得意な家事ですか? えーと……今までご披露した中では……
「お掃除は……苦手ですね……」
「だろうな」
「あ、子供の寝かしつけなら得意ですよ! クロが小さい頃は、私が寝かしつけ当番でした! ご近所にも評判で、たまに産後間もないママさんからヘルプ要請を受けてお小遣いもらったこともあります!」
「寝かしつけは、家事なのか?」
うっ、そう聞かれてしまったら……どうなんでしょう?
でも、唯一の特技なんですよ? そりゃあ魔法を使っているのでズルと言われればズルなのですが、人生で唯一人の役に立てたのがそれなんですよ。
だから、思わずふてくされちゃいます。
「……カミュさまのいじわる」
すると、お水を飲んでいたカミュさまが吹き出しました。ゴホゴホと咳き込んでビックリしたお顔をされていますが、私の方がビックリです!
「どどど、どうされましたか? まさか持病の癪が?」
「だから俺は不眠以外特に健康に問題はないから安心しろ」
「ふ、不眠……?」
そしてカミュさまはコホンとわざとらしい咳払いをして、「すまん。今の話はなかったことにしてくれ」とおっしゃります。そしてまただんまりです。わわわ、だめです! せっかく話を振ってくださったのに!
「わわわ、私たちが来る前は、誰がお屋敷の管理をなさっていたのですか?」
「定期的に掃除夫を入れてはいるが、基本的には自分で……だな」
「では、あのお花のお風呂も?」
「あ、あぁ……」
カミュさまが視線を逸して、汚れてもいない口元を拭いています。
おや、これは……。なんだかその様子が可愛らしくて、私はつい小首を傾げました。
「カミュさまのお好みなんですか?」
「んなわけあるか。経緯や役目がどうであれ、女が暮らすんだ。少しでも快適な環境を用意するのが雇い主の義務だろう」
そしてとうとう、お耳が赤くなります。
「い、嫌だったか⁉」
「いえいえ、滅相もございません! すごく綺麗でいい匂いで……毎日夢心地で使わせていただいてます!」
「そ、それならいい」
そうですか……あれは私への気遣いですか。ふふっ、嬉しい。カミュさまはしまったとばかりに顔をしかめておられですが、私は感激でいっぱいです。だから食事をよそに、思ったままを口にします。
「とても嬉しいです! そんなロマンチックな計らい、まるでお姫様にでもなったようです!」
「……子供の時、母と風呂に入るといつも浮かんでいたからな。女はそういうのが好きかと思っただけだ」
「お母様はどのような方なんですか?」
ようやく話が盛り上がってきました。カミュさまの色々なお話が聞けて楽しいです。嬉しいです。だけど私が何の気なしにお尋ねすると、カミュさまがまぶたを伏せました。
「……死んだ。父も母も。叔父も伯母も従兄弟も。俺以外の一族みんな」
「え?」
そして、カミュさまは立ち上がります。見上げるそのお顔は、仕事帰りの時みたいに眉間に皺が寄った鋭いものでした。
「すまない。急な仕事を思い出した。屋敷には一人で帰れるか?」
「え、あ……それは大丈夫ですが……」
「金は俺が払っておく。あんたはゆっくり食べてから帰れ」
カミュさまが頼まれたお茶が届いたのは、立ち去られたすぐ後でした。
ポットの中で花が開くお茶は遠い東部の国から取り寄せられた希少品らしく、貴族の女性にとても人気のある物だと、お店の方が教えて下さいました。