ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい




 一人で帰れるか、と聞かれましたが、一人ではありません。
 私にはギギがいます。

「ギギ、サナはやっぱりダメな子です……」
「みゃあ?」

 トボトボと歩いていたら、いつの間にか夕暮れでした。石で出来ているはずの噴水も黄金に見え、一層街中が豪華に見えます。家に帰る人や閉店準備をしている人など、どこかみんな忙しい雰囲気です。誰も私のことなんか気に止めません。だけど、邪険にされるわけでもありません。ふと通り過ぎる人にぶつかってしまっても「ごめんね、お嬢さん」と謝ってもらえます。

 本来ならば嬉しい変化のはずなのに、私の心は余計に沈みます。
 誰も、親の死について話したくないですよね……あんな大きな屋敷にお一人で暮らしていたのですから、十分考慮しておくべきことでした。どうして私の頭はお花畑だったのでしょうか?

 仕事もできない。家事もできない。気も利かない私に、怒ってしまわれたか? それとも失望されましたか? そのどちらにしろ、私には当然の評価なのでしょう。

 だって、私は何もできないぽんこつな魔女なんですから。

「あの、すみません!」

 俯いて歩いていると、突然見知らぬ人に声を掛けられます。
 どうしましょう? また知らない間に、誰かの迷惑になっていたのでしょうか?

 恐る恐る振り返ると、その若い男性はとても必死でした。私と同い年くらいでしょうか。失礼ながら特に特徴のない男性が私の腕を引いてきます。

「向こうで友人が倒れてしまって……お願いします! 助けて貰えませんか?」
「そ、それは大変ですっ!」

 一大事です! 私に何ができるかわかりませんが、倒れた人を運ぶなら女の手一つでも借りたいのでしょう。

「こっちです!」
「わかりました! ギギはそこで待っていてくださいね!」

 ドタバタしてギギが踏まれてしまったら大変です。私はギギに声を掛けつつ、慌てて付いていきます。連れて行かれる場所は路地裏です。すでに三人の男性が集まっていました。

 これはあれですかね? 倒れたのが女性だから男性では気まずいとか、あるいは理由が女性ならではのことだとか。

「大丈夫ですか⁉」

 私が駆け寄ると、男性たちがこちらを見てニヤリと笑いました。男性たちの向こうにも、倒れている人の姿はありません。

 えーと……もしかして、私がのろまだったから、救助された後なのですか?

「あの……そのご友人というのは……?」
「世の中、疑うことを覚えた方がいいぜ? 世間知らずのお嬢様?」

 私を連れてきた人もまた口角を上げました。グイッと腕を引かれ、あっという間に囲まれてしまいます。あれ……なんか嫌な感じですよ?

「もしかして……私は騙されたのですか?」
「もしかしなくても、だな」

 そういえばクロが言っていた気がします。家が燃えて行く場所がなくなった時『都会は危ないからやめた方がいいんじゃない?』と。だけど強行したのは私です。都会のほうがお金が稼げると思ったから。そしてクロが勉強できる機会が少しでも増えるかも、と思ったのです。

 私の予想は大当たりでした。そしてクロの予想も大当たりだったようです。

「どうする? 身代金でいくか? それとも売るか?」
「田舎から出てきたなら、この見た目だ。やっぱりミュラー皇国に売った方が確実に金になるんじゃねぇか?」
「どちらにしろ、その前に遊ばしてもらいてぇよなぁ」
「馬鹿。傷物にしたら値段が下がるだろうが」

 どうやら、私は他国に売られるようです。ミュラー皇国は、たしか隣の国ですよね。私が小さい時まで戦争していたと聞きます。現在は和平条約が結ばれているはずです。

 そんな隣の国に、私は売られてしまうようです。世界情勢とか難しいことはわかりません。でも昔戦争をしていた国に売られて、きっと素敵なことは起こらないでしょう。

 それでも、

「良かったです」
「何がだ?」

 私はひとまず安心してしまいます。

「具合の悪い人がいなくて、良かったです」

 そして、この物騒だけどチャンスのある街に来て良かったです。だって、クロはきちんとチャンスを掴めたのですから。カミュさまという優しい雇い主の元で、学校にも通えるようになったのです。片田舎でポンコツな姉の世話をするだけの人生より、よほど実りある生活でしょう。

「へっ。さすが御令嬢様。頭が平和すぎて反吐が出る」

 私の言動が気に触れたのでしょう。舌打ちした一人が私を蹴り飛ばそうとしましたが――「みゃあ」と猫の鳴き声が聞こえた気がしました。

「屑が」

 その直後、私を蹴ろうとした人が逆に蹴り飛ばされます。その身体は私の横を通り過ぎて、取り囲んでいた人の一人にぶつかりました。あっという間の出来事に、まばたきすることしかできません。

 ただわかることと言えば、長身の男性が私を助けてくれたということ。そしてその男性は、私が一番知る騎士さまだということ。その御方が、私の肩に手を乗せてくれます。

「サナ、怪我はないか?」
「カ、カミュさま⁉」

 私が怒らせてしまったはずのカミュさまが、なぜ目の前にいるのでしょう?
 私が訳もわからず立ち尽くしていると、カミュさまは相変わらず眉間に皺を寄せたお顔で、私を肩ごと抱き寄せます。カミュさまの胸元に、顔が。痛くはありません。だけどとても熱いです。

 そして同時に「ぐげっ」と潰れたような声がしました。横目で見やると、残ったもう一人をカミュさまが片足で片付けたようです。

「まったく。せっかくの休日に仕事を増やしてくれるな」

 嘆息したカミュさまの腕が離れます。私はおずおずと離れ、ワンピースの裾を掴みました。買ってもらった服も綺麗なままです。そのことに安堵しつつも、カミュさまにお尋ねするのが少し怖くて、私は視線を上げきれません。

「どうして?」
「……たまたま出くわしただけだ」
「たまたまって……」

 すると、ギギが「みゃあ」と鳴きながら私に擦り寄って来てくれます。そんなギギをカミュさまが掴み上げました。

「そう――この猫だ。仕事に行く前に野暮用を済ませてみれば、見覚えのある猫がみゃあみゃあ鳴いていてな。あとを追ってみればあんたが襲われていたにすぎん」
「……本当ですか?」

 捲し立てるように話すのが珍しくて顔を上げれば、カミュさまのお顔が赤くなります。それが差し込む夕暮れのせいか、違うのか、私の位置からは判断がつきません。

 ですが、

「嘘でも本当でもどちらでもいいだろう。あんたが無事な事実には変わりない!」

 そうムキになるカミュさま、可愛すぎませんか?

 思わず「くすっ」と笑ってしまいました。するとギギを下ろしたカミュさまが咳払いします。

「しかし、やはり見目の良い女がめかしこむのは好かんな。自ら変な輩の餌になるような真似してどうするんだか……いいか。明日から今日買ってやった服装で弁当を持ってこい。ただし、今みたいに見知らぬ輩には一人で付いていかないこと! 行き帰りには重々注意するように! わかったな?」

 そのお言葉に、私は目を丸くするしかありませんでした。めかしこむように計らったのはカミュさまです。だけど御自身でその食い違いわかったのか、すぐに訂正なさいます。

「あ、あんたは奴隷と言われたままが良かったのか⁉」
「あ……」

 どうしましょう、どうしましょう……

 途端に視界が歪みました。泣きそうです。
 昨日の言動だけで、私は十分だったのに。昨日怒ってくださっただけで、嬉しくて。

 だって、昨日言われたことは事実だったから。
 私は醜いと。奴隷や下女のようだと。それは、少々お洒落したところで、何も変わらないと。

 だって、私はぽんこつの能無しだから。見た目だけよくても仕方ないでしょう?
 私なんて少しでもクロの糧になれればいいと、本当にそう思っているのですから。だから奴隷だろうが、下女だろうが、クロのためにお給金を貰えればそれで十分なのです。

「階級はその……おかしなことになったが、仮にも俺の『専属』が侮辱を受けて、放っておけるわけがないだろう」

 放っておいてくれていいのに。ただでさえ、十二分にお給金を頂いているんです。そんな業務外ともいえること、カミュさまが気にする必要なんてないのに……。

 それでも、カミュさまは言葉を止めません。

「あんたにとって、それが迷惑なら申し訳ない。だが、俺の所属である以上、少なくとも人前では――」
「嬉しいです。ありがとうございます。カミュさまは本当にお優しい方です。私は、カミュさまに出会えて本当に良かったです」
「はっ、大げさな」
「本当ですっ!」 

 だって、私の胸の奥が、こんなにもポカポカしているのですから。少し前まで赤の他人だった方が、私のことでまるで自分のことのように怒ってくれたんですよ? そして改善しようとしてくれたのです。こんな嬉しいこと……初めてなんです。

「本当です……本当なんです……」

 私は何度も何度も繰り返しました。どうしたら、この気持ちが本当だと伝わるのでしょう?

 だけど他にどう言ったらいいのか、わかりません。ただただ嬉しくて。ポロポロ落ちる涙と共に、お礼を伝えることしか出来なくて。

「出会えて良かった……か」

 そんな私を見て、カミュさまは頭を掻きました。そして困ったような顔で、私の涙を拭ってくださいます。

「泣くな。化粧が落ちる」
「……はい」
「明日からは自分で化粧するんだぞ。出来るのか?」
「は、はい! 頑張ります!」
「いい心掛けだ」

 カミュさまの手は白い手袋越しでも温かいです。不思議です。どうして、この人はこんなにも温かいのでしょう。こんなにたくさんのものをくれても、私には何も返せるものがないのに。

 それなのに、この人はさらに私に与えようとしてくれます。頭に沿うようにスーッとヒンヤリしたものが通ります。私が頭を振ると、シャラシャラと音が鳴りました。その直後、カミュさまは屈んでクロの首に何かを付けます。水色のリボンが可愛らしい首輪です。

「さぁ、帰るぞ」

 帰り道、窓越しに見た私の髪には簪が刺さっていました。小さくとも可憐に咲く花雫が綺麗な簪が、歩くたびにシャラシャラ揺れています。
 


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