ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい

「なぁに、サナちゃん。俺と二人で緊張してるのかい?」

 陛下ともなられる方は、やはり特別な力を持つ人なのでしょうか? 人の心を読むことくらい、お茶の子さいさいなのでしょうか⁉ 

 私が固まっていると、再び陛下がお酒を注いでくださいます。

「へ、陛下も飲まれますか⁉」
「お、注いでくれるのかい? 悪いね~」

 陛下はわざわざ飲み干してから、私にグラスを差し出してくれます。震える手で何とか注げば、とっぽとっぽと赤い液体が増えていき――何とか成功です! 表面ギリギリ並々注ぐことが出来ました。それに陛下は……なぜか苦笑されてますが「ありがとう」とゆっくり口を付けてくださいます。

 そして、言いました。

「サナちゃんはここでの暮らし、楽しいかい?」
「あ、はい! とても! すごくカミュさまには良くしていただいてますっ!」
「はは、そうかそうか。それで、男女の仲としてはどんな感じなの?」
「……はい?」

 えーと……アルベール陛下は何を仰られたのでしょう?

 ここでの暮らしはとても幸せです。お世辞でもなくカミュさまにはとても良くしていただいていると思います。だけど……男女の仲? それって手を繋いだり、二人でお食事したりすることでしょうか……?

「えーと……一度外でお食事したことはありますけれど……」
「それで? その帰り二人でイイコトした?」
「ふぁいっ⁉」

 思わず声が裏返ってしまいました……イイコトってなんですか? 奴隷商人に売られそうになったことは、きっとイイコトではないはずです。えーと、あの時は確か――――

「あ、簪をいただきました! ギギの首輪とお揃いの簪で――ギギ?」

 おかしいです。一緒に廊下を走っていたはずなのに、気が付けばギギがいません。呼んでも「みゃあ」と返事が返ってきませんが……どこに行ってしまったのでしょう?

 私が辺りを見渡していると、陛下が教えてくださいます。

「あの猫なら、多分廊下にいたんじゃないかな? 扉をガリガリ引っ掻く音がずっとしてたし」
「そうなんですか⁉ どうしましょう……私が締め出してしまったのでしょうか……」
「あはは、大丈夫だと思うよ。カミュに付いていったみたいだから。あいつ昔から動物好きだし、今頃ミルクでも貰っているんじゃない?」
「それなら、いいんですけど……」

 ああああ、ギギごめんなさい! あとで謝らなければ! カミュさまにも御礼を言わなきゃですね!

 しっかり忘れないように……だけど、なぜでしょう。頭がいつもよりフワフワします。眠くなってきましたが、陛下の御前です。気を引き締めなければなりません!

 私がこっそり手の甲を抓っていると、陛下がニヤニヤと笑っていました。

「それで、カミュとは今どんな感じなの?」
「えーと……どんな感じと言われましても……」
「まぁ、毎日添い寝は続行しているんだよね? あいつの顔色もいいし、聞くだけ野暮かもしれないけどさ。でも一応、進捗状況は確認しておかないと。いわば仲人は俺だし。いつでも式の準備を始められるようにしておくからさ」
「式って何の式ですか?」

 私が首を傾げると、酒を煽ってから陛下が笑います。

「サナちゃんもとぼけるのが上手いなぁ! 結婚式に決まっているでしょう?」
「カミュさま、ご結婚されるんですか?」
「え? サナちゃんはいきなり子供が欲しいの? いやぁ、それはさすがに勧められないなぁ。将来あいつには俺の右腕になってもらう予定だし。世間体もあるから、できれば順番は守ってもらいたいんだけど」

 陛下は何か考えながら「あ、でもデキちゃった時はすぐに言ってね。こっちも色々裏工作っていうのが出来るからさ」なんて言い出されると、さすがの私も色々と察してくるわけでして――――

「赤ちゃん! 出来ません! 大丈夫です! 添い寝しかしてませんから!」

 私が慌てて否定すると、陛下は目を丸くされます。

「でも毎日共寝をしているんでしょう?」
「そりゃあ、私は添い寝役として、ここで雇っていただいているんですから」

 まぁ、カミュさまを寝かしつけたあと同じベッドで寝る必要はないのですが。
 でも、あのぬくぬくの魔力になかなか勝てないのですよ……。完全に私の落ち度です。

 その引け目に少し肩をすくめると、陛下は小首を傾げました。

「けどもう二月以上経つよ? いい歳の男女が毎日同じベッドで寝て、一回くらいこう――」
「御心配には及びません! 陛下が心配するようなことは何もありません!」
「うん、そうだね。あいつなら女をポイ捨てしたりしないから、きちんと最後まで責任を――」
「もおおおおお、だから違うんですううううううう!」

 もう顔が熱いです。熱すぎてクラクラします。そんな不埒な……大人な関係なんて微塵もありません。何にもないんです……。

 私が思わず涙ぐんでいると、陛下が顔を覗き込んできます。

「本当に何もないの?」

 私は必死にブンブンと頷きます。すると、陛下は残念そうにため息を吐きました。

「なんだよぉー。せっかく上手くいっているみたいだから、俺楽しみにしてたんだけどなぁ」
「ご、ご期待に添えずに申し訳ございませんが……でも、わ、私なんかとカミュさまがそういう関係なんてとても……」
「あ、もしかして身分とか気にしているのかい?」

 それに、私は何も答えられませんでした。

 だって身分以前に……カミュさまはあんなに素敵な方なのですよ?

 毎日あんなにお仕事頑張って、部下の方にも慕われて。私やクロにも優しくしていただいています。とても思慮深い御方です。

 対して、私はぽんこつの魔女です。それ以前に家事すらろくにできません。ようやく最近……カミュさまのおかげで少しだけ、出来ることが増えてきたくらいの女です。

 こんな女が、どうしてカミュさまと名を並べられるとお思いですか?

 そんな私の胸中をよそに、陛下は笑いながら私の肩を叩きます。

「大丈夫だって! 確かにバルバートンは旧家で屋敷もこんな大きいけど、今は爵位も剥奪された一般市民と変わらない身分だから」

 何が大丈夫なんでしょう? 身分以前の問題なのに。

 それでも、私は今陛下の接待中です。話を途切れさせるわけにはいきません。それに少々気になることもあります。

「爵位が剥奪された?」
「あーやっぱり知らないか。バルバートンの逆罪って呼ばれてる……大体十年前くらいかな。俺の両親がカミュの父親に殺されたんだよ」
「え?」

 あまりに暗いお話です。急転直下とはまさにこのこと。私は思わず目を見開きますが、陛下はまるで動じる様子はありませんでした。

「サナちゃんはいい意味で浮世離れしているから知らないだろうけど……前国王の時代は本当に貴族が優遇されすぎていてね。それでまぁ……簡単に言えば格差社会が酷かったんだ。それに業を煮やした当時宰相であるカミュの父親が、俺の父親を毒付きナイフで刺したってわけ」

 私は何も言葉を返せません。だけど、陛下はまるで天気の話をしているような気やすさで続けます。

「母親も給仕を介して殺されてなあ。それで唯一の跡取りだった俺が今の地位に就いたんだけど……当然、如何なる理由があろうとも、皇帝殺しは大罪だ。して、バルバートンは一族皆打ち首となって爵位も剥奪されたっていうのが――」
「待ってください! 一族打ち首って、カミュさまは⁉」

 カミュさまは今もご存命です。そのお話が本当ならば、息子であるカミュさまも殺されていたとしてもおかしくないはずです。

 そこでようやく陛下はクシャッと笑い方を変えました。

「カミュは実際に事が起こるまで、何も知らなかったらしい。そこで、新皇帝陛下の私情が発動〜。昔からの親友だった息子の命は見逃してくれ〜貴族なんか全部潰して絶対王政でめちゃくちゃにしてやるおまえらの領地なんて没収だ~てな具合にゴネて、見苦しく友人の命だけを助けたわけだ」

 そして、陛下はお酒に少しだけ口をお付けになりました。

「そうしたら、カミュのやつは変わっちまってなぁ。主上の命令は絶対です、と何でも俺の言うこと聞くようになっちまって……今でこそようやく少し軽口叩いてくれるようになったが、それでも俺が死ねと言ったら死んじまうような……犬になりさがっちまった……」

 決して陛下と付き合いの長くない私でもわかります。陛下はとても悲しそうです。

「本当に、あいつは俺のために何でもしてくれるんだぜ? サナちゃんの見てきたように寝ずに仕事をして、俺が隣国の皇子に殺されそうになれば、それを斬り捨てただけでなく、内通していた貴族の屋敷に単騎乗り込んで証拠と共に、嬉しそうに首を持って返ってくる始末だ。昔はもっと見てるこっちが心配になるくらい、誰にでも……それこそ誰も斬れないくらい優しいやつだったんだけどなぁ」

 陛下はお酒を飲み干します。そして私に酌をするようグラスを傾けてきます。だから私はボトルを手にとって――考えるよりも前に一気に飲み干しました。

 そんな私を見る陛下は、今まで見たことがないくらいに驚いていらっしゃいます。

「サ、サナちゃん⁉ いきなりどうしたの⁉」
「――カミュさまは今もすごくお優しい方ですっ!」

 口の端から溢れるものを手で拭い、一気に喋ります。

「昔のカミュさまがどんなだったのか知りませんよ! でも今のカミュさまがダメみたいに言わないでください! カミュさまはとてもお優しい方なんですっ! 私みたいなダメなやつでも温かく導いてくれるような……そんな器の大きな方なんです! それを何ですか、まるで昔の方が良かったみたいな言い方は⁉ 陛下はカミュさまのお友達なんでしょう? お友達に今を否定されたら、カミュさまきっと悲しいです。だって、陛下に尽くすってことはそれだけ陛下のことが大好きだからですよね? だから陛下がそんな悲しいお顔してたらカミュさまだって――」
「あーごめん! 俺が悪かった。そうだカミュは今も昔も良いやつだ! だから落ち着いて、な?」

 陛下がフーフー息が止まらない私の背中を擦ってくださいます。わかってくれればいいんです。陛下もカミュさまもみんな優しい人なんですよってわかってくだされば……あれ? なんでしょう? 頭がグチャグチャします。どうして私はこんなに興奮しているのでしょう? そもそも私は何をしていたんでしたっけ?

「陛下ぁ?」
「……ん、どうした?」
「サナ、眠いです」

 私はコテッと後ろに倒れようとしました。だけど倒れられませんでした。なんかちょうどいい感じの椅子があるみたいです。

 ふふっ、ぬくぬく。だけど、いつもの温もりとは何かが違います。高そうな匂いがするから落ち着かないのですが……。

「サナちゃん、カミュのこと好き?」

 その答えは、すんなり出てきました。

「好きですよぉ。私はカミュさまのことが大好きです」

 好きです。好きです。大好きです。

 何度も呟く私に、陛下が「カミュのこと、頼むな」と言ったような気がしましたが……

 それよりも今は眠いので、サナはこの椅子で我慢して寝ることにしました。



< 20 / 47 >

この作品をシェア

pagetop