ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい

 軽口を酒の席の無礼講にするため、俺もワインを煽る。すると、陛下はグラスを置いた。

「冗談はともかくだ……お前は彼女の素性は調べられたのか?」
「……なぜそれを?」

 緩んだ気持ちを、引き締める。油断ならない皇帝の口振りは軽いものだったが、赤い目は真剣そのものだった。

「俺を誰だと思ってるんだ? レスターだっけ? あれに調べさせてたようじゃないか」
「わかったのは、彼女が魔女の森から来たということだけですよ。弟の方も学校で口を割ったりしてないようですね。エリル農村街の外れに住んでいた親なし姉弟。哀れんだ地元の人も近所の捨て子として手を貸していたようです。蒸発した両親は流れ者だったとか」

 こんな素性の知れない相手を普通なら雇い入れませんよ、と俺がため息を吐いた時だ。

「魔女だよ。正真正銘の、な」
「え?」
「だから、その流れ者が炎の魔女だ。そして、その娘がこの子」

 ……まったく、いきなりぶっこんでくれる。

 彼女の膝の上で寝ているはずの猫が、わずかに動いた気がした。まぁ、猫に聞かれてたってどうなるものでもないが。

 それでも、そんなことすら気になってしまうほど、俺は動揺を隠せない。

「なんで……また……」
「なんでって言われてもなあ。数ヶ月前にエリル地方で森林火災があったろ。その調査に行かせた者が幻覚魔法の痕跡を発見した。ついでに今まで行方知れずになっていた調査隊の死体もな。彼女らの家は幻覚の術で隠されていたらしい。そしてそこで生活していただろう住人の足取りを辿った結果、帝都に仕事を探しにきたこの子らに行き着いたわけだ」

 経緯はいい。俺の預かり知れぬところというのが気に食わないが、それに文句を言える立場ではない。むしろ抜かりなく魔女の動向を把握していたことを、臣下として誇りに思おう。

 それでも……この数ヶ月こいつらの面倒見ていたのは俺だぞ?

「始めから全部わかった上で、俺に身柄を預けたと?」
「そう怖い顔しないでくれよ。堅物のお前だ。彼女が魔女の末裔だと知っていたら、絶対に警戒を解かないだろう?」
「当たり前です」
「それでこの子たちにも警戒されて逃げられたら、元も子もないじゃないか。貴族連中にも知られたら面倒だが、かといって野放しにするわけにもいかん。そこで、俺の一番信用する忠臣に任せたというわけだ」
「物は言いようですね」

 つまりあれか。彼女の家事の不出来具合は、今まで使っていた魔法に頼って生活していたから――いや、違う気がする。弟の反応からしても、素で失敗をしている気がする。もしかして、初日の屋敷の惨状も、魔法が失敗したから……いや、この件を考えるのはやめておこう。もう過ぎたことだ。

 今どんなに思考を重ねようとも、過去や事実は変わらない。

 ならば俺が明かすべきなのは、どうして今陛下が俺に告げたのか――その理由だ。

「それで、俺にバレる前に明かした理由は?」
「ミュラーの方で動きがあった。死んだと思われていた元国王の末子が見つかった――のが伝わった」
「……また妙な言い方を」
「あぁ。彼女の弟のクロ君……正式な名前はクロード君か。彼がその末子だからな」

 あー……。この皇帝陛下は。

 一度思いっきりぶん殴ってやろうか。もっと言葉にできない色々な感情を腹の中で堪えつつ、俺は頭を抱えながら辛うじて建設的な言葉を紡ぐ。

「……つまり、皇位争いが終わると?」
「ああ。今までの内乱は、跡取り不在のまま皇帝が亡くなったことによるものだったからな。正統な新政権が立ち上がったならば、今までの圧政の反発がこちらに向かう可能性もある。もうじき平和条約の改定もあるしな」
「下手したら、それを機に再び戦争が起こる可能性もありますね」

 決して酒の席でする話ではない。結局つまみは互いに一口も手つかずで冷えてしまった。腹がいっぱいでまるで食う気が起きないな。

「そういうことだ。こちらがミュラーに課している条件は、貴族主義の前国王のおかげで厳しいからな。相当な敵意を向けられているのは間違いないだろう」
「政策は早ければいいというものではありせん。そんなに悔やまないでも、今代の陛下を俺はとても誇りに思います」
「……本当、俺の親友は優しいなぁ」

 笑うな。いくら陛下であろうとも、我慢には限度がある。
 だから頼むから――真面目な顔に戻らないでくれ。

「カミュ=バルバートンに命じる。魔女の末裔を保護、ただし我ら祖国に害するようなことがあれば――ただちに殺せ」

 あぁ、そうくるか。
 一番信用のおける臣下に。今しがた、彼女から貰った言葉が嬉しかったと漏らした哀れな犬に。

「……ご命令とあらば」

 陛下の命令を絶対に断れない俺に、それを命じるのか。

 俺は最敬礼をした後、腰を上げた。

「今宵はこれでお開きで構いませんね? 私はこれを寝かせてきます」
「あぁ……すまないな」
「謝ることではないでしょう? 貴方は国王。俺はただの臣下なのですから」

 俺は今、どんな顔をしているのだろう。

 だけど……持ち上げた彼女はとても温かく。どこか悲しげに見えたのは、きっと気の所為だろう。



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