ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい
「え……?」
このダンスを誘ってくる方は、一体どなたでしょう?
金髪を高い位置でキュッと結っている殿方です。声の様子からして、若い人でしょう。聞き覚えのある声ですが……年が近いからですかね。クロがこんな場所にいるはずありませんし。例外なく仮面をつけていらっしゃいますが、キラキラとした服装は周りの人と異なったデザインでした。とても個性的です。
ですが、どうして私が見ず知らずの人からダンスに?
「あの……どなたかとお間違えでは?」
「そんなことありませんよ。サナ=ウィスタリアさん」
どうしましょう……ここに来て一度も名乗っていないのに、私のフルネームをご存知です。正直少し怖いです。
周りを見渡せば、どうやら視線を集めてしまっている様子。
困りました……この人はとても偉い人なのでしょうか? それとも私の対応がおかしいのでしょうか?
カミュさま……と助けを求めようとしますが、その前にその人は私の手を取って立ち上がります。
「心配はいりませんよ。正直僕もダンスを踊ったことはほとんどありませんが、多分何とかなると思います」
「えっ、それはどういう……?」
「だって貴女と踊れるだけで、楽しくないはずがありませんから!」
何を根拠に――――⁉
と叫び出したい気分ですが、場所が場所です。ぐっと堪えます。アタフタしている間に手を引かれましたが――その手を、さらに上から強く掴まれました。
「申し訳ないが、彼女は俺の連れだ。ご遠慮いただこう」
その毅然とした声に、私は顔を上げました。カミュさま。それがわかった途端、私の緊張はすぐに解けました。思わずその場で座り込みようになったところを、カミュ様の手が腰に回されグッと支えられます。カミュさまは何も言いませんが……その腕が、なんと心強いことか。
ですが、前を見据えるカミュ様の仮面の奥の目は、とても険しいようでした。対して、お相手は朗らかに笑っています。
「これはこれは、カミュ=バルバートン様! ご挨拶したいと思っていたんですよ!」
「ほう……失礼だが、お名前をお聞かせ願えますか?」
「はいっ、僕はクロード=アイネ=ミュラーと申します! 以後お見知りおきを」
そのお名前を言った時、まわりが一瞬でガヤつきました。
ミュラー。お隣の国の名前を家名に持つ方は、すなわち――――
「ミュラー皇族の……亡き皇太子ですね?」
「そうですね、残念ながらこうして生きているのですが」
時期に皇帝という肩書も変わるみたいです、とその人はあっけらかんと言い放ちます。
えーと……とりあえず私には隣の国の偉い人、としかわからないのですが……そんな人がどうして私に声をかけてきたのでしょう?
その疑問は、カミュさまも同じだったようです。
「その次期皇帝が、どうして俺の連れに声を?」
「ははは、とぼけるのも大概にして下さい。理由なんて一つしかないでしょう?」
「……ここでその名を名乗ったってことは、もう覚悟を決めたということだな?」
「えぇ。貴方にサナを任せておけませんから。彼女を幸せにするためだったら……国でも血筋でも、何でも利用してやりますよ」
「それも踏まえて、決闘を申し込んできたと」
「えぇ、僕は勝てない戦はしない主義なんです」
どうやらカミュ様はご納得されたようですが、私には何がなんやらサッパリです。ですが決闘という単語はどこかで聞いたような……?
私が少々ポカンとしていると、再びクロード皇子に手を引かれます。
「では改めて、彼女をお借りしますね? 別に正式な婚約者というわけではないようなので。カミュ=バルバートン小隊長?」
言われて、カミュ様は苦虫を噛み締めたようなお顔で口を閉します。
え? 止めて下さらないのですか…?
「では行きましょうか?」
「え? あ……あの……」
戸惑う私に皇子は耳打ちします。
「小隊長という立場上、公の場で隣国の皇子に意見出来るわけがないでしょう? ずるくてごめんね」
仮面越しですが、意地悪く笑われた気がします。
皇子が前に視線を向けた時、項が見えました。そこには、大きな翼を広げた鳥のような動物が、背中にかけて火傷の痕のように刻まれています。
そしてその御方に手を引かれ、ホールの中央へ連れて行かれそうになった時です。
バリィィィンッ‼
何か割れた大きな音。悲鳴。私は何が起こったのかわからないまま尻餅をついていました。目の前には私に覆い被さるように皇子がいらっしゃいます。その奥には砕け散ったシャンデリア。
「大丈夫、姉さん⁉」
「えっ、ねえさ――」
皇子の取れかかっていた仮面がハラリと落ちます。そこには見覚えのある大好きな美少年の顔。えーと……どういうことでしょう――?
「クロ⁉」
「うん。でも詳しい話はあとね。とりあえずこの場から――」
クロの言葉は最後まで聞けませんでした。クロの向こう側に、給仕の格好をした男性が剣を振り下ろそうとしています。クロも気付いたのでしょう。私を庇うように力強く抱きしめて。
「神の御心のままに――!」
剣先が迫ります。私はまるで動けませんでした。ただ怖くて目を瞑った瞬間――カキンと金属が重なり合う音。薄っすら目を開けると、騎士さまの大きな背中が見えました。