ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい
「あんたは日中どうするんだ?」
あっという間に身支度を整えたカミュさまが、玄関先で聞いてきます。
私もその間に元の服に着替えさせていただきました。お母さんのお古とはいえ、やはりいつのも恰好は落ち着きますね。
「えーと……」
私はカミュさまの隈がより深くなったお顔を見上げながら考えます。
私はカミュさまの添い寝係です。
寝るのはきっと夜だけです。特に日中の指示は受けておりません。
なので、
「どうすればいいのでしょう?」
「俺に聞かれても知らん。好きにすればいい」
正直に言ったところ、カミュさまは仏頂面で出ていかれてしまいました……。
繰り返しますが、私が申し付けられた仕事は添い寝係です。
職場はこの広いお屋敷です。なので広義で捉えれば、このお屋敷の管理も仕事に含まれるのではないでしょうか⁉
「さて、やりますよっ!」
「みゃっ」
お掃除をしましょう! よい睡眠はよい環境からです!
まず一番に寝室のお掃除から始めます。
本棚には本がたくさん。書類机にもやまほど書類や本が積まれています。それは床や椅子の上も例外ではありません。
ですが――普通大事なものは床に置きませんよね? ならばこれらはゴミなのでしょうか?
「まずはお片付けですね!」
ゴミはひとまとめにして燃やすのが鉄則です! とりあえずお外にポイしておきます。
ギギも私の周りをコロコロして、身を挺して掃除を手伝ってくれます。なんて優しい猫なのでしょう! あとで美味しいお魚あげないとですね。
そして残った埃なのですが――
「魔法……使っちゃいましょうか」
魔法はとても便利です。た、確かにクロには禁止されていますが……お母さんはお掃除もお料理も魔法でちょいちょいだったのですよ?
お母さんのことは今も尊敬しています。戦争は嫌だけど……魔法のことは嫌いになれません。むしろ好きです。だって、お母さんが使う魔法は、とても綺麗で素敵だったから。
だから、私も。
「ギギ、いきますよっ!」
窓を開けて、風で埃を押し出しちゃいましょう!
魔法は声に乗せます。
私の願いを、気持ちを、魔力を。
「リィーリウィンリービューン」
この不思議な呪文が、魔物さんの言葉。一生懸命覚えたんです。お母さんが生きている時に、根気強く教えてくれました。
たまに発音が危ういですが……気持ちが大事ですよね。多分。
すると、体内で飼っている魔物さんが、私のお願いを聞いて現実にしてくれます。
魔力が魔物さんのご褒美、餌になります。
魔力を持つ人間……魔法使いは希少のようです。女性がほとんどと言われているので、魔女と呼ばれることが多いですね。
魔物さんは普段見ることができません。
だけど魔法を使った時だけ、その姿をぼんやり見ることができます。
私の足下。ギギともう一匹、透明な魔物さんがいらっしゃいます。ゆらゆらと幻のように朧げにしか見えないのですが。
大きな犬くらいのサイズです。
私の魔物さんは耳の長い魔物さんなんですよ。お母さんの魔物さんは立髪の長い魔物さんでした。格好良かったなぁ……私の魔物さんも可愛いんですけとね。
何はともあれ、私のお願いを聞き入れて魔物さんが風を放ってくれました。ビューンと。私が思ったより激しい威力で。
「あ……」
突風が吹き荒れます。
小さな埃のみならず、本や書類がぶわっと舞い踊ります。そして窓の外へ。
「ダメです! リィーリさん、ストップストップ!」
魔物さんは私の方を見ました。
もういいの? わかった!
まるでそう言うかのようにお耳をひょこひょこ動かして、見えなくなってしまいます。
あああああ、そうですよね。魔物さんは私の言う通りにしてくれただけですもんね……。
お部屋の中は、掃除をする前よりもぐちゃぐちゃになっています。
私が途方に暮れていると、ギギが私の足をせっついて「みゃあ!」と一鳴き。
「そうですね……ひとまず、外は飛んでったやつを拾いに行きましょうか……」
「みゃ!」
私のお掃除大作戦は、始まったばかりです。
お部屋はあそこだけではありません。数え切れないほどのお部屋を全部お掃除しようとしたのですが……どこも余計に散らかった気がするのは、気のせいでしょうか?
お日様はお空の頂点をとっくにこえて、そろそろ橙色に染まろうとしています。
「お夕飯の準備をしないと、ですね」
「みゃあ?」
少々疲れましたが、休んでいる暇はありません。だって、こんな広いお屋敷なのに、他の使用人さんは誰もいらっしゃらないのですから。
ふふふ。それならば、あの給金も納得です。大人が一人では寝られないという黙秘と、一人でお屋敷を管理する仕事だとは。
だって一月で金貨三十枚です。金貨! 今までクロと二人でどんなに頑張っても、月に稼げたのは金貨三枚がいいところです。これだけあれば、クロの学費を出しても多分お釣りがきます。
私の食費等が給金からいくら天引きされるのか、詳しいことをお尋ねし忘れておりましたが……そうだとしても、十分です。一年くらい働けば、また町外れに家を建てることだって夢ではありません。
しかし働いてこそのお給金です。その分お役に立たなければ、お金をもらえる資格はありません。
だから、お姉ちゃんはがんばりますよ! クロを幸せにするためなら、添い寝もお掃除も食事づくりもなんでもやってみせます!
そう意気込んで、私は広間の階段を降りていました。台所はお掃除中に発見済みです。
ギギにもご飯をあげないとですね。すっかり私たちのご飯を忘れてました。とりあえずミルクをあげて、それから……
「あれ?」
ふと世界が回りました。すごいです。フワフワしてます。高そうな壺や大きな家族絵があっという間に視界を流れます。
なんか大きな音がしたなぁ……と思うと、私は急に眠くなってしまいました。
「みゃああ!」
ギギの声がすごく遠くから聞こえます――――
◆ ◆ ◆
「まったく、ほんとに手がかかる姉さんなんだから」
階段から落ちてきた姉を受け止めて、僕の頬は思わず緩んだ。
「大好きだよ、姉さん……だから、ずっとぽんこつでいてね。僕のそばで」