ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい
「サナ=ウィスタリアの引き渡し。婚姻を結び、皇妃として君を迎え入れると」
「だったら私はクロと結婚します! そうすれば、カミュさまは死なずに済むのでしょう⁉」
「それは出来ないんだっ‼」

 絶叫のような大声。だけどその後に紡がれるのは、とても弱々しいものでした。

「現在、スタイナー帝国が把握している魔女は君しかいない。君を引き渡したら、いざ戦争になり、相手方に魔女がいた際、対抗手段がなくなってしまう」
「……私は、お母さんみたいに強い魔法は使えませんよ」
「確かに、炎の魔女はわかりやすい力だったと思うけどね」

 すると、陛下は吐き捨てるように笑いました。

「俺は、君の魔法の方が恐ろしいと思うよ。相手を自由自在に眠られる能力……使い方によっては、簡単に国一つ滅ぼせると思っている」

 そう言われてしまえば……無意識に手を握りしめていました。私だって怖いんです。この力が。簡単に人を殺してしまう力が。だからこそ、思うんです。

「だったら……こんな監視してないで、さっさと私のこと殺せばいいじゃないですか」
「それは出来ない。有事の際、君の力が国を救う鍵になるかもしれない」
「そんな勝手すぎます! 陛下は、私やカミュさまを何だと――」
「俺は国王なんだっ!」

 陛下は私の腕を掴んだまま、立ち上がります。

「そりゃ即位の際は私情で無茶もしたさ! でも……あれから五年だ。もう国王として五年やってきたんだ。嫌でも理解せざる得ないんだ……国のため。民のため。人を纏め、導く王に……私情は許されない。友の命一つで戦争を未然に防ぎ、今後の備えも出来る――小隊長なんて代わりはいくらでもいる。元より、騎士の仕事は国に忠義を誓い命を掛けること。考えるまでもない事案なんだよ」

 そんなこと……言わないで下さい。そんな泣きそうな顔で、代わりがいるとか、命を捨てるのがあの人の仕事だなんて、言わないで下さい。

 頭がぐわんぐわんします。目の前が掠れていきます。胸の奥が気持ち悪くて、それでも血は滾るように熱くなっていきます。

 ふと視線を下げれば、私の足元には透明な獣がいました。耳の長い、きっと私にしか見えない、私の魔獣。その子は真っ直ぐにアルベール陛下を見上げています。

 だけど私はそれを気にせず、声を絞り出しました。

「……それでも、納得できないです……」
「それなら、俺も永遠に眠らすかい?」

 ハッと――冷水を浴びたような気がしました。

「いっそのこと、俺もずっと寝ていたいよ。掛け替えの無い友を……俺が殺すようなものなんだから……たとえ夢の中でも、ずっとあいつと酒を飲んでいたいに決まっているだろう」

 この国の王様が苦笑します。

「俺、やっぱりダメな国王でさ。この決定をなかなか下さなかったんだよ。そんな俺に、あいつなんて言ったと思う?」

 琥珀の瞳にこれでもかと涙を浮かべ、

「命令とあらば、俺は喜んでこの命を差し出しましょう。貴方に救われた命です。貴方の命で死ねるのなら、本望です――どれだけあいつ、俺のこと好きなんだよ。そんな命令を下す主君なんか斬り捨てて逃げてくれれば、どれだけ……」

 語るのは、大切な友達のこと。

 想像が……出来てしまいました。
 カミュさまがどんな顔をしていたか。どんな真摯な目で陛下を見つめていたのか。

「会談が終わったあとに、言ってたよ。これで良かったんだと。国の安寧も保たれ、好いた女に望まぬ結婚をさせずに済むんだから、俺の命なんて安いものだ――と」

 好いた……女……?
 その言葉に、私の胸は高鳴ります。

 カミュさまが、私なんかを?
 なぜ、私なんかを?

 そうでなくとも、なぜ望まない結婚だと知っていたのでしょう?
 そんな疑問が顔にも出ていたのでしょうか?

「クロード君から経緯の説明は受けていたからね。僕が悪かったのだと――弟との結婚は嫌だったんだろう? 思わず魔法を暴走させるくらいに」
「あ……」

 そして、陛下は立ち上がりました。私の腕を離す際「痛かったろう? すまなかったね」と気遣って。

 去りゆく肩の落ちた背中に、私は投げかけます。

「どうして、この話を私に?」

 始めに、陛下は私に話すべきではないとおっしゃいました。確かに、私がここに残ることに変わりがないのなら、この話はしなくても良かったはず。むしろ話したら、私が何かするとは思わなかったのでしょうか。

 今も見えない獣は、陛下をジッと見ているというのに。

 だけど、陛下は静かにおっしゃいました。

「この条件の話は、かなり前から提案されていてね。一朝一夕で決まった話じゃない。カミュの覚悟を、しっかりと君も受け止めてやってくれ」

 覚悟。命を捨てる覚悟。

「カミュの引き渡しは明日だ。準備があるからカミュももうここに寄ることは出来ないが……最後、出立する所が見える場所を用意する。せめて、見送ってやってくれ」

 カミュさまは昨日、どんな気持ちでこの部屋に訪れたのでしょうか。己が死ぬ運命にあると決意して……どんな気持ちで私と添い寝したのでしょうか?

 扉がガタンと閉まります。

 膝をついた私に、ギギが「みゃあ」と近づいてきます。私は即座にギギを抱きしめ、ただただ咽び泣くことしか出来ず。

 見えない獣は、私の隣にいただけでした。



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