ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい

「え⁉」

 レスターさんがいつになく驚いた顔をしています。涙も引っ込んだみたいです。
 私も涙を拭って――大きく息を吸いました。

「カミュさまっ、大好きですっ‼」

 私の全力の声は、しっかりと届いたようで。列を作っていた人たちがこちらを見上げます。それは、カミュさまも。

「それなのにズルイですよ! 幸せになれって無責任すぎませんか? そんなこと言われても、好きな人がいなくなるのに幸せになれるわけがないじゃないですか! 私はあなたの隣にいたいんです! ずっとずっと、あなたの添い寝係でいたいんですっ‼」

 レスターさんが「ダメっすよ!」と私を揺さぶり、私をバルコニーから遠ざけようとします。ですが、負けません! 私は縁にしがみつきます。

「命令です――ミュラー皇国に行かないでくださいっ! これからも、あのお屋敷で私と一緒に暮らしてください! それが叶うなら、私は愛人でも何でも構いません! だからお願い、死なないで! ずっと私の側そばにいてください!」

 私はカミュさまだけを見ていました。カミュさまは驚いたような顔をして、そして泣きそうな顔で逸して。誰ですか、あの人を泣かせようとした人は。そうですね、きっと私ですね! 

 もう何が何だかわかりませんが、レスターさんの手がふと私から離れました。ギギがレスターさんの脚に噛み付いたようです。この隙を逃すわけにはいきません!

「いいですか、カミュさま! 上官命令です! そこに待っててください、今からすぐ行きますから――絶対に待っててくださいねっ!」

 私は言うだけ言って、即座に身を翻しました。簪がシャラッと音を鳴らします。

「ギギ、行きますよ!」
「みゃあっ!」

 レスターさんが「待って!」と手を伸ばしますが、待ちません! ギギにどれだけ強く噛まれたのかわかりませんが、脚を押さえたまま動けないようです。罪悪感はあとで感じることにします。だって死ななきゃ安いでしょう? カミュさまはここで引き止めないと、死んでしまうのですよ!

 部屋を出ると、三人の兵士さんと目が合いました。

「ま、魔女を捕らえろ!」

 いきなり私が出てきてビックリしたのでしょうね。兵士さんの一人が声をあげると、皆さんが寄ってきます。剣を抜いている人もいます。

 足元ではギギが威嚇しています。でも、大丈夫ですよ。覚悟は決めています。
 私の中から透明な獣が出てくるのを感じます。

「リィーリスリーピィリトゥル」

 呼びかけた途端、兵士さんは膝を付きました。カランと剣を落とす音がする横を、私は走り抜けます。

 私が使える魔法。私が唯一得意だと言えること。
 私だから出来ることも、ちゃんとあるんです。

 だけど、スースーとした寝息を背後で聞きながら、ハッとします。

「階段はどっちですか⁉」

 どうしましょう⁉ お城の構造なんて全然知りませんよ! なんせずっとお部屋に引きこもってましたからね! お風呂とトイレの場所しかわかりません!

 せめて兵士さんに聞いてから眠ってもらえば……いやいや、そんな都合よく教えてくれるわけはありません。どうしましょう、どうしましょう……早くしないと、カミュさまが連れて行かれてしまいます。間に合わなかったらどうしよう……。

 私がキョロキョロしていると、

「みゃあっ!」

 ギギが私を追い抜いて駆けていきます。

「ギギ⁉」

 ……そうですね、私は信じます。だって、ギギは私の大切な家族です!
 だから、きっとクロも……。

 ギギの後を着いていくと、きちんと階段がありました。下からバタバタと足音が聞こえますが、「ごめんなさい!」と眠ってもらいます。崩れる兵士さんたちの横を通り過ぎて、私は走り続けると――

「カミュさまっ!」

 大きな扉を開けた途端、目の前が真っ白になりました。でもそれは、朝日が眩しかっただけ。すぐに見えてきた光景に、私は思わず目を見開きました。

「早かったな。てっきり迷子にでもなるかと思ってたが?」
「ギギが……案内してくれたので」
「なるほど」

 私は流れる前に涙を拭います。そしてギギを抱き上げると、首輪の鈴がリンと鳴りました。

 意地悪を言ったカミュさまは、道に伏した兵士さんの上に座ってます。両手首を繋がれているのに、器用に剣で兵士さんを威嚇しているようです。その剣は相手の兵士さんから奪ったんですかね?

 その光景があまりに異質で、私は思わず聞いてしまいます。

「ところで、カミュさまは何をしていらっしゃるのですか?」
「あ、あんたが待ってろ言ったんだろうが!」
「それはそうですが……」

 なんだか拍子抜けです。簡単に制圧できるなら早くして欲しかったです。

 でも……カミュさまが拗ねてます。可愛いです!
 私は思わず頬を緩め、カミュさまに駆け寄りました。そして抱きつきます。

「は? い、今はそれどころじゃ――」
「それどころですよぉ! カミュさまが死んじゃうかと思ったんですよぉ‼」
「それは……」

 カミュさまがそっと私の肩を押しのけた時です。

「カミュさんは処刑するよ、サナ」

 それは大好きな弟の声。大好きな弟が、ハッキリと私の好きな人に対して残酷なことを言いました。

「そういう条件で、ミュラー皇国とスタイナー帝国は条約を結んだからね。いくら魔女が口出したとしても、はいそーですかと反故はできないよ」

 クロは今まで見たことがないくらい立派な格好をしていました。重厚な白いマントには、煌びやかな紋章が付いてます。長い金髪も、高い位置で括られて首元がスッキリです。いつも通りの優しい口調で話してくれてますが、その目は笑っていません。

「それとも――もう一つの条件の通り、僕と結婚する?」

 嫌でも実感します。クロは本当に皇子になったのですね。
 
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