ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい
「はじめてくださいっ!」
声を掛けると、二人は一斉に動き出しました。身を低くしたクロの一閃を、カミュさまは後ろに仰け反る形で何とか躱します。その隙を逃すことなく繰り出すクロの剣戟。鋼が奏でる音がいくつも重なり――キンッと一際大きく鳴った時、回転する一本の剣が太陽の光を反射していました。
その剣がグサッと地面に刺さった時。
「勝負、あったな」
カミュさまの持つ剣先が、クロの首元に突きつけられています。
それに、クロも両手を挙げて。
「……僕が、姉さんのわがままを聞かないわけがないじゃないか」
そんなことを、呟いて。
二人とも無事なことにホッと胸を撫で下ろしますが――た、大変です! カミュさまのお顔に傷が付いています!
「カ、カミュさま⁉」
慌てて駆け寄ってハンカチで拭おうとしましたが……や、やってしまいました。ハンカチを持っていません! かくなる上は仕方ありません……借り物で大変申し訳無いのですが、ドレスの裾を破って――
「お、おい! 何をしようとしているんだ⁉」
「無論カミュさまの怪我の手当を――」
「こんなものはかすり傷だ! 舐めときゃ治る! だからこんな場所で裾を捲るな――」
「なるほど、失礼しますっ!」
私は掴み上げていたドレスの裾から手を離して、代わりにカミュさまの顔を引き寄せます。
乱暴ですがごめんなさい。だってカミュさま、背が高いんですよ。そして言われた通り、頬の傷をひと舐め。
これがカミュさまのお味ですか。あまり美味しくないです。でも、これで怪我が治るんだったら念の為もう一回――
「もういい! 勘弁してくれ、あんたは猫か⁉」
私は普通の人間です。魔女ですけど。
そう答えようとしましたが、思わずやめてしまいました。だって、カミュさまのお顔が見たことないくらいに真っ赤なんです。近くにいるクロも「やっちゃったね」と言わんばかりに額を押さえて空を仰ぎ見ています。
えぇ⁉ ちょっとクロ、教えて下さい! 私何かいけないことしちゃいましたか⁉
どうしましょう、どうしましょう……。私は言われた通りにしただけなのですが、やらかしてしまったのなら謝罪するべきですよね? でも上辺だけの謝罪ほど失礼なものはないと思いますし……などと考えていると、後ろから快活な笑い声が聴こえました。
「はっはっは! いいモノ見せてもらっちゃったねぇ!」
赤髪のその人こそ、我がスタイナー帝国国王アルベール=デイル=スタイナー殿下です。その後ろにはレスターさん。レスターさんが陛下を呼んできたのでしょうか。笑顔の陛下とは違い、ジト目で私の足元にいるギギを睨んでいます。
「今度一日中撫で回してやるから、覚悟しとくっすよ!」
「みゃっ⁉」
怯えたギギは私のドレスの裾に身を隠してしまいました。雲が太陽を遮り、少しだけ辺りが暗くなります。ギギを抱き上げる暇もなく、陛下はカミュさまに向かって話しかけました。
「まったく、俺がいないからって好き勝手してくれたねぇ?」
「俺は陛下が不在だったため、上官の命に従ったまでです」
「くくっ、なるほど」
陛下とカミュさまの視線が私に向いています。
え、上官って私……?
あ……もしや、『添い寝役は将軍級役職』というルールはまだ健在というわけですね?
それに私も思わず「ふふっ」と笑い出しそうになりますが――ハッ。だとすると、一つ懸念が生じます!
「カ、カミュさまは嫌々でしたか……?」
「何がだ?」
「その……クロと決闘したり、とか……」
恐る恐る私がお尋ねすると、陛下が一際大きな声で笑い出しました。レスターさんも口元を隠していますし、クロの視線もなぜか冷ややか。そして肝心のカミュさまは再び真っ赤な顔をしておられました。
「ばっ……! あーもう勘弁してくれ。ここで俺もプロポーズしろというのか?」
「え? あ、プロポーズ⁉」
思わぬ単語に目を見開いた時、パンパンと手を叩く音がしました。陛下です。
「はいはい。イチャつくのはあとで存分にどうぞ。とりあえず外交問題を解決しちゃおうね~」
「見送りに顔すら出さなかった薄情者がよく言う」
「だからこそお前も命令気にせず好きに動けたんでしょ」
いつもの陛下とカミュさまの軽口のようにも聞こえましたが……え? もしや陛下はそこまで見込んでギリギリまで隠れていらしたのでしょうか? 一見軽薄な印象に代わりありませんが、やっぱり聡明な凄い方ということですね。だけど、そんな個人的な疑問をお尋ねする間はありません。
「改めてお尋ねしよう――クロード皇太子。此度の平和条約の条件ですが、変更ということで宜しいですかな?」
「無条件で条約の継続を呑めと?」
「当然タダでとは申しません。皇太子が正式に即位した暁には、一部の領土の返還に応じましょう。そして内乱の制圧に尽力することをお約束します」
「ふぅん……それと、あと条件が一つ」
最初嘲るような調子で陛下の話を聞いていたクロでしたが、その条件を告げる時の目は陛下を威圧する勢いでした。
「サナ=ウィスタリアの最低限の自由を保証しろ。あんな城の一室ではなく、きちんと屋敷に帰してやってほしい。そして街の中を好きに散策する許可を」
「……わかった。代わりに、当分監視は付けさせてもらう。サナちゃんも、それでいいかな?」
急に話が振られてしまいました。クロ……そんな唇を噛み締めなくても大丈夫ですよ。監視が付くくらい、お茶の子さいさいですよ。
私が頷くと、陛下が改めて声を張りました。
「ではこの場にて。カミュ=バルバートン!」
「はっ!」
カミュさまがバッと片膝を付きます。顔を下げながらも、当然その表情は引き締まっておられです。
「アルベール騎士団小隊長の任を解き、正式に国王直属騎士として魔女監視の命を与える――彼女の側で、存分に彼女を守れ」
「は……?」
だけど、上げたお顔は驚きを隠せていませんでした。何回もまばたきしています。
「昇進……ですか……?」
「ばかやろう。今まで以上にこき使ってやるって言ってんだ」
「それは……また寝れない日々が始まりそうですね」
「そうでもないだろう? お前にはもう添い寝役がいるんだから」
「そう……ですね……」
小さく笑ったカミュさまは、改めて頭を垂れて。
「カミュ=バルバートン。謹んで拝命致します」
「あぁ。より良く励め」
「陛下のご命令とあらば」
雲の切れ間から、日差しが差し込みます。新しい門出です。主従関係でもあり、友達でもある二人の今後を、祝福するかのように。
その光景を見ながら、私も願います。
どうか、お二人がずっと仲良しでいられますように。