ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい
任命する!
◆ ◆ ◆
気が付けば、
「なんでお日様が昇っているんですかっ‼」
カーテンの隙間から入る明るい日差しが私の目に直撃していました。
今日もいい天気です。お洗濯日和ですね。毛布とか干したら、このベッドの寝心地はますます素晴らしいものになるに違いありません。
私は椅子に座っていたはずなのに、いつの間にかカミュさまのベッドの上で寝ていました。しっかり毛布まで掛けています。枕の染みは私のヨダレでしょうか……。
いくら見渡しても、カミュさまの姿はどこにもありません。代わりに私の足元ではギギが呑気に欠伸をしています。
慌てる私をよそに、ゆっくりと扉がノックされました。
「姉さん、入っていい?」
「あ、はい。大丈夫です」
私が答えると、開かれた扉の先では、今日も制服を着たクロはニッコリと笑っていました。今日も笑顔が眩しいです。
「おはよう。下まで姉さんの声が聞こえてきたよ?」
「す、すみません……」
そんな大きな声だったでしょうか。ちょっと恥ずかしいです。それなのに部屋に入ってきたクロは笑顔のまま私を押しのけました。
「はいはい。早く顔を洗って着替えておいで。その間にお布団キレイにしておくから。今日はいい天気だからね」
「え? でもクロ、学校は……?」
今日からクロは夢の学生生活のはずです。今が何時だか把握出来ていませんが、ゆっくりしている暇はないはず。
だけど、クロはあっさり「そうだね」と頷きます。
「だから急がないと。あ、朝ごはんは作ってあるから、あとでゆっくり食べてね。やることやったら、僕も出るから」
「だったら、あとで私が――」
やります、という前に、クロは笑顔のまま首を横に振ります。
「ダメ。これは召使いでもある僕の仕事。あの騎士から、姉さんにもちゃんと仕事の言付けを受けているよ」
「カミュさまですか⁉」
今日も朝早く仕事に行かれてしまったのでしょう。
それに居た堪れなさを感じつつも、仕事のお申し付けがあることに驚きと、そして未だ失望されていないことに嬉しさを隠しきれません。なんてお優しい方なのでしょうか……。
思わず緩む頬に両手を当てる私に、枕カバーを外しているクロが言いました。
「姉さん、やっぱりここで働くのやめようよ。学校の件はいつか自力で叶えるから、姉さんがあんな男と添い寝だなんて……」
「え? どうしてですか?」
あんな寛大な方の下で働けて光栄なのに……。あ、もしや、いつもしかめっ面だから怖いのですか? それに、きっと今日からの学校に緊張もしているのでしょう。色々不安になっちゃうお年頃なんですよね?
そんな可愛い弟を励ますのも、姉の努め。私はクロの両手を握ります。
「大丈夫ですよ、クロ! カミュさまはあんな顔でもすごく優しい方ですし、きっとクロもすぐに好きになります!」
「姉さん……」
あぁ、もう。そんな悲しそうな顔をしないで。大丈夫です。クロにはお姉ちゃんがついてます!
「クロがお勉強を頑張っている間、私もお仕事頑張りますからね!」
すると、クロが困ったように笑っています。そうです、クロは笑った顔の方が素敵です。だから笑ってさえいれば、きっと大丈夫。クロならしっかりとやれます。姉はそう信じているのですよ!
不安げなクロを宥めながら見送り、私もお仕事開始です。今度こそ、しっかりと任務を果たさなければなりません!
「えーと……ここで合っていますかね?」
「みゃあん」
私は用意されていた地図と睨めっこしながら、首を傾げます。
そこは、いわゆる騎士団の屯所と呼ばれる所でした。王城の裏手にある灰色の壁に覆われた建物です。お城のような華々しさはなく、質実剛健というのでしょうか。門構えからして、私なんぞ及びでないと言われているようです。実際、見張りの衛兵さんたちの顔つきも険しいです。
だけど、私も及び腰ではいけません! カミュさまに頼まれたお仕事としてここに来ているのです。だから勇気を出して話しかけます。
「あ、あのすみません! カミュさまにお弁当を――」
「……失礼ながら、小隊長とはどのようなご関係で?」
「はい! 私はサナ=ウィスタリアと申します。関係は……」
聞かれていないのに名前を言ってしまった私は、肝心な返答に口をまごつかせてしまいます。
添い寝役。決してふしだらなことをしているわけではありませんが、真っ昼間から初対面の人に言うのは……。それに、カミュさまにお一人で眠れない可愛らしい点があることは、きっと他言しないほうがいいですよね?
だけど、私の態度がいけないのでしょう。衛兵さんは私を上から下まで見て、淡々と言いました。
「申し訳ありませんが、証書のない方は通すことが出来ません。手続きを得てから再度お尋ねください」
「手続き、ですが……?」
どうしましょう。私はお弁当の入っている籠をギュッと抱きかかえます。
大切な大切なカミュさまの栄養源です。これをお昼までに届けることが出来なければ、カミュさまは健やかに午後の業務を果たすことがきっと困難になります。
お弁当はクロが用意してくれていました。クロ曰く必要なものはすべて中に入っていると籠を渡してくれましたが、そっと地図を出しただけであとは見ていません。不必要に触ってお弁当をひっくり返したら大変ですからね。お掃除の失敗を糧に、姉も成長するのです!
ちなみに、朝起きると屋敷がとても綺麗になっていました。クロがお掃除してくれたのでしょうか。帰ってきたら、ギューッとしてあげなければなりませんね!
だけど出来すぎる弟を褒める前に、姉もしっかりとお勤めを果たさなければなりません。その入るための手続きとやらの方法を訊くために、再度口を開こうとした時でした。
「おー、サナちゃんじゃないか!」
「サナちゃん⁉」
私ももう二十歳です。『ちゃん』付けなんて呼ばれた私がビックリです。
門の中から、赤毛のお兄さんがヒラヒラと手を振ってくれています。反射的に私も手を振りかけましたが……ダメです! そんな気安く接するわけにはいきません。
なんたってあの御方は――――
「へ、陛下のお知り合いですか⁉」
「そうそう。俺の客人だ。通してやってくれ」
「か、かしこまりました!」
アルベール=デイル=スタイナー陛下の一声で、強固な門はアッサリと開かれました。衛兵さんに最敬礼されながら潜るのはとっても気まずいです。だけど、陛下はそんな私をニヤニヤと見ておられました。
「いやぁ、よく来たなぁ。カミュに会いに来たってことでいいかい?」
「あ、え……はい……」
「そうか! では、案内してあげようね!」
この陽気なお兄さんは何でしょうか。とりあえずカミュさまの所まで案内してくれるのは有難いのですが……陛下直々にというのはすごく申し訳ない気がします。だけど有無を言わさず歩いて行ってしまうので、私は付いていくしかありません。そして当然のようにギギもついてきます。
お城の中とは違い、殺風景です。調度品もなく、絨毯すら引かれていない廊下はどこか冷たい感じがします。あちこちから聞こえてくる男の人の声が荒くて、一人だったら少し怖いです。委縮する私をよそに、ギギはいつも通り私の足元をとてとて歩いています。私の精神安定剤ですが、猫を入れてしまって大丈夫なのでしょうか……お尋ねする前に、アルベール陛下は気さくにお話始めました。
「仕事はどうだ? 上手く行っているか?」
「それは……」
大丈夫です、と答えたいところですが、昨日も寝かしつけに失敗してしまいました。言い辛いことですが、虚偽の報告なんてもってのほかです。
「昨日も多分、カミュさまは寝ておられないかと……」
「おや? 一緒に床に入らなかったのかい?」
床。そう言われてしまうとやはり気恥ずかしさで顔が熱くなってしまいますが、これもお仕事です。
「……カミュさまは仕事が残っていると、ずっと机に向かっておられでした。待っている間に私が寝てしまって……」
「サナちゃんは『一緒に寝ましょう♡』て、可愛くお願いしなかったの?」
「可愛くはないと思いますが、一応お願いは……したつもりです」
仕事の邪魔をするな、と命令されてしまったと話せば、陛下は「なるほど」と顎を撫でます。ニヤリと口角を上げっておりました。
「わかった。俺に任せておけ」
力強く仰っていただくのは光栄の極みなのですが、陛下のお手を煩わせるのは気が重たすぎます!