ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい
なんて返答すべきかアタフタしている間に、ギギが「みゃあ」と鳴きました。陛下が「ここだぞ」と扉を開けてくださる辺り、どうやら目的地についてしまったようです。
その部屋はカミュさまの寝室同様、本や書類がたくさんあるお部屋でした。
執務机も並んでいて、三人ほど他の騎士様がいらっしゃいます。その中で一番奥にカミュさまがいました。
私の顔を見るや否や、無表情ながら「ご苦労」言ってくださいます。
「ちゃんと使いは出来たな」
やったぁ、クロにあとで報告です。お姉ちゃん、ちゃんと務めを果たせましたよ! しかし直後、扉を支えてくれている陛下の方を見て、カミュさまは顔をしかめられました。
「なぜ彼女と共に?」
「たまたま門の所で困っている彼女と会っただけだ」
「困る? きちんと通行許可証は渡しておいたはずですが?」
「さぁ? そんなことを言われてもな……嫉妬なら見苦しいぞ?」
「誰も嫉妬などしておりません」
カミュさまの表情はまるで動かず、淡々としています。それなのに、私が恥ずかしがっているというのは如何なものなのでしょうか……。
その時、足元のギギが「しゃーっ!」と威嚇の声を発しました。その視線の先を見やれば、他の騎士様が私の方を見てコソコソ。
「なんだ、あの下女は?」
「まるで奴隷だな」
「カミュ小隊長も随分安い買い物したことで」
……これはあれでしょうか。私の身なりのことをお話されているのでしょうか?
確かに、私の服装はお母さんのお古のボロです。化粧だってしていませんし、髪だって整えていません。
そうですか。今までもたまにありました。王都から来た商人さんからお買い物しようとしても、怪訝な目で見られてお話しすらさせてもらえないこと。クロを慕う若い女の人たちから後ろ指を差されること。貧乏だから仕方ないと割り切ってしましたが……カミュさまの評判に影響してしまうのなら、話は別です。
私は「ここに置いておきますね」と声を掛けつつ、近くの机にお弁当の籠を置きました。そして未だ威嚇を続けるギギを抱き上げます。
「ギギ、大丈夫ですよ。すぐに帰りましょう」
「いや、少し待て」
踵を返そうとするも、カミュさまから静止の声がかかってしまいます。
立ち上がったカミュさまはすぐさま私の持ってきた籠の中身を確認しました。そして一枚の書状を取り出します。
「あんた、これを門兵に見せなかったのか?」
「えーと……なんでしょう、それは?」
「通行許可証だ。俺の客人ということでサナ=ウィスタリアが来客することを記し、きちんと陛下の認印ももらってある」
カミュさまが指差した所には、赤く描かれた高貴な鳥の文様があります。それは国旗にも描かれているスタイナー帝国を象徴する模様です。
それに、陛下自身も苦笑します。
「あぁ、今朝方早くお前が持ってきたやつな。なにゆえ寝起きの水を飲む前に判を押さなきゃならんのか……」
「勤勉な国王陛下を持って臣下は恐悦至極でございます」
「そりゃあ、よござんしたね」
あくまで軽口とも聞こえるやり取りですが、カミュさまの視線はとても険しいです。せめてもの救いは、それが私に向けられたものではないことでしょうか。
「そんなれっきとした国賓に、貴様らはなんと? 今一度言ってみるがいい。今なら陛下直々に証人になってくれるぞ?」
「そうやって、さらりと俺を扱き使うわけね」
「一晩お耳元で囁き続ければ、俺の想いも伝わりますか?」
「いや、遠慮しておく」
とても陛下相手とは思えない愉快な会話です。それをお頸もなくするカミュさまは、何者なのでしょう? 陛下も心の友と仰っておりましたし、無礼とかではなく、本当に仲が良いご様子です。
だけど、他の騎士さんたちにとっては違うようです。「申し訳ございません!」と腰を折った後は、口元を引き締めて表情が強張っています。
それにカミュさまは「ふん」と鼻を鳴らしますが、まだ不満そう。そんなカミュさまに、陛下は両手を打ちます。
「そうそう、カミュ=バルバートン。お前がさらに感涙してしまうような報告があってだな」
「それは是非ともお聞かせ願いたいですね。あいにく、俺の涙は品切れておりますが」
だけど、陛下の一言でカミュさまの表情はますます歪みました。
「サナ=ウィスタリアをアルベール騎士団所属バルバートン小隊長専属添い寝役に任命する!」
「…………はあ」
正直、私も陛下が何を仰っているのかわかりません。私が王様直属の騎士団員なんて恐れ多いです。いつの間にか陛下に肩を組まれていることからして現実とは思えません。だけどよくよく考えれば、カミュさまの添い寝役なんだから騎士団所属なのも当然なわけで。
だけど次の陛下の一言で、府に落ちないながらも頷いていたカミュさまの様子が一変しました。
「階級は将軍と同等だ。つまり小隊長より上役な」
「私が……将軍ですか……?」
「良かったなぁ、サナちゃん。こいつ上司からの命令はなんだって聞く畜生だなんて呼ばれているくらいだから、命令すれば何だってしてくれるぜ?」
「ふざけるなっ‼」
カミュさまが手近な机を叩きます。それに私を含め、陛下以外の騎士さんも肩を竦めました。だけど陛下は相変わらずニヤニヤしたままです。
「どうしたカミュ小隊長? 何か不服でもあるのか?」
「不服に決まっているでしょう! そいつが、上司⁉ ただでさえ添い寝役なんてあんたの遊びに付き合わせておいて、さらに将軍職だと? 道楽にも程があるぞ、アルベール=デイル=スタイナー!」
カミュさまは怒りを顕にしています。それに陛下は目を細めました。
「そうだ、カミュ=バルバートン。この国の王は俺だ――本日これより、彼女を将軍と同等の地位にあるとして扱うように。追って必要なものは発行する――俺の命令がきけないとは言わないな?」
陛下の口角は、一体どこまで釣り上がるのでしょうか。
私の開いた口が塞がるよりも前に、カミュさまがとても悔しそうな顔をしたまま頭を垂れました。
「ご命令と……あらば……」
とても気まずい雰囲気の中、私の腕に抱かれたギギだけが、いつの間にか機嫌を直して喉を鳴らしています。
その部屋はカミュさまの寝室同様、本や書類がたくさんあるお部屋でした。
執務机も並んでいて、三人ほど他の騎士様がいらっしゃいます。その中で一番奥にカミュさまがいました。
私の顔を見るや否や、無表情ながら「ご苦労」言ってくださいます。
「ちゃんと使いは出来たな」
やったぁ、クロにあとで報告です。お姉ちゃん、ちゃんと務めを果たせましたよ! しかし直後、扉を支えてくれている陛下の方を見て、カミュさまは顔をしかめられました。
「なぜ彼女と共に?」
「たまたま門の所で困っている彼女と会っただけだ」
「困る? きちんと通行許可証は渡しておいたはずですが?」
「さぁ? そんなことを言われてもな……嫉妬なら見苦しいぞ?」
「誰も嫉妬などしておりません」
カミュさまの表情はまるで動かず、淡々としています。それなのに、私が恥ずかしがっているというのは如何なものなのでしょうか……。
その時、足元のギギが「しゃーっ!」と威嚇の声を発しました。その視線の先を見やれば、他の騎士様が私の方を見てコソコソ。
「なんだ、あの下女は?」
「まるで奴隷だな」
「カミュ小隊長も随分安い買い物したことで」
……これはあれでしょうか。私の身なりのことをお話されているのでしょうか?
確かに、私の服装はお母さんのお古のボロです。化粧だってしていませんし、髪だって整えていません。
そうですか。今までもたまにありました。王都から来た商人さんからお買い物しようとしても、怪訝な目で見られてお話しすらさせてもらえないこと。クロを慕う若い女の人たちから後ろ指を差されること。貧乏だから仕方ないと割り切ってしましたが……カミュさまの評判に影響してしまうのなら、話は別です。
私は「ここに置いておきますね」と声を掛けつつ、近くの机にお弁当の籠を置きました。そして未だ威嚇を続けるギギを抱き上げます。
「ギギ、大丈夫ですよ。すぐに帰りましょう」
「いや、少し待て」
踵を返そうとするも、カミュさまから静止の声がかかってしまいます。
立ち上がったカミュさまはすぐさま私の持ってきた籠の中身を確認しました。そして一枚の書状を取り出します。
「あんた、これを門兵に見せなかったのか?」
「えーと……なんでしょう、それは?」
「通行許可証だ。俺の客人ということでサナ=ウィスタリアが来客することを記し、きちんと陛下の認印ももらってある」
カミュさまが指差した所には、赤く描かれた高貴な鳥の文様があります。それは国旗にも描かれているスタイナー帝国を象徴する模様です。
それに、陛下自身も苦笑します。
「あぁ、今朝方早くお前が持ってきたやつな。なにゆえ寝起きの水を飲む前に判を押さなきゃならんのか……」
「勤勉な国王陛下を持って臣下は恐悦至極でございます」
「そりゃあ、よござんしたね」
あくまで軽口とも聞こえるやり取りですが、カミュさまの視線はとても険しいです。せめてもの救いは、それが私に向けられたものではないことでしょうか。
「そんなれっきとした国賓に、貴様らはなんと? 今一度言ってみるがいい。今なら陛下直々に証人になってくれるぞ?」
「そうやって、さらりと俺を扱き使うわけね」
「一晩お耳元で囁き続ければ、俺の想いも伝わりますか?」
「いや、遠慮しておく」
とても陛下相手とは思えない愉快な会話です。それをお頸もなくするカミュさまは、何者なのでしょう? 陛下も心の友と仰っておりましたし、無礼とかではなく、本当に仲が良いご様子です。
だけど、他の騎士さんたちにとっては違うようです。「申し訳ございません!」と腰を折った後は、口元を引き締めて表情が強張っています。
それにカミュさまは「ふん」と鼻を鳴らしますが、まだ不満そう。そんなカミュさまに、陛下は両手を打ちます。
「そうそう、カミュ=バルバートン。お前がさらに感涙してしまうような報告があってだな」
「それは是非ともお聞かせ願いたいですね。あいにく、俺の涙は品切れておりますが」
だけど、陛下の一言でカミュさまの表情はますます歪みました。
「サナ=ウィスタリアをアルベール騎士団所属バルバートン小隊長専属添い寝役に任命する!」
「…………はあ」
正直、私も陛下が何を仰っているのかわかりません。私が王様直属の騎士団員なんて恐れ多いです。いつの間にか陛下に肩を組まれていることからして現実とは思えません。だけどよくよく考えれば、カミュさまの添い寝役なんだから騎士団所属なのも当然なわけで。
だけど次の陛下の一言で、府に落ちないながらも頷いていたカミュさまの様子が一変しました。
「階級は将軍と同等だ。つまり小隊長より上役な」
「私が……将軍ですか……?」
「良かったなぁ、サナちゃん。こいつ上司からの命令はなんだって聞く畜生だなんて呼ばれているくらいだから、命令すれば何だってしてくれるぜ?」
「ふざけるなっ‼」
カミュさまが手近な机を叩きます。それに私を含め、陛下以外の騎士さんも肩を竦めました。だけど陛下は相変わらずニヤニヤしたままです。
「どうしたカミュ小隊長? 何か不服でもあるのか?」
「不服に決まっているでしょう! そいつが、上司⁉ ただでさえ添い寝役なんてあんたの遊びに付き合わせておいて、さらに将軍職だと? 道楽にも程があるぞ、アルベール=デイル=スタイナー!」
カミュさまは怒りを顕にしています。それに陛下は目を細めました。
「そうだ、カミュ=バルバートン。この国の王は俺だ――本日これより、彼女を将軍と同等の地位にあるとして扱うように。追って必要なものは発行する――俺の命令がきけないとは言わないな?」
陛下の口角は、一体どこまで釣り上がるのでしょうか。
私の開いた口が塞がるよりも前に、カミュさまがとても悔しそうな顔をしたまま頭を垂れました。
「ご命令と……あらば……」
とても気まずい雰囲気の中、私の腕に抱かれたギギだけが、いつの間にか機嫌を直して喉を鳴らしています。