ささやきはピーカンにこだまして
「先輩!」
 するっと腰にまわってきた腕に、わたしがどれほどビックリしたか。
 アリーナの壁という壁がなくなって、世界中のひとに見つめられているんじゃないかと思うほどの緊張で、一気に汗が冷えたのがわかるくらい。
「ごめん…実取(みどり)。時間…取らせた」
 それだけ言うのがせいいっぱい。
 なるべくさりげなく。
 注意して、注意して、ふりほどいた(じゅん)の腕は――熱かった。

「先輩!」
 なんだろう。
 な…んだろう。
 この気持ち。
 準の視線が背中に突き刺さってる。
 胸もおしりも痛くて、駆けだすこともできないのに。
「先輩っ!」
「……ごめん。今日は先にあがらせて」
 大丈夫の合図にラケットをちょっと上げて。
 流れ落ちる汗を必死でぬぐった。


 よろめくように部室にたどりついて。
 やっぱり丸く赤いシャトルの痕がついている左胸に、冷たい汗とりシートをあててみたけど。
 拭いても拭いても熱が引かない。
「ゃ…だ……」
 こんな気持ち、ごめんだよ。
「だって、だって……もしかしてコレって――…」

 下級生。
 弟の友だち。
 後輩。

 心のなかでシャッフルする頼りない3枚のカード。
 でもわたしには最後のカードがある。
 八木(やぎ) 一路(いちろ)が好きなひと。
 裏返せば結城先輩と書いてあるカード。
 みんなが――、あいつが――そう思っているカード。
「がんばらなくちゃ」

 気づかれちゃいけない。
 のぞかれちゃいけない。

 なんだってあいつは、わたしを《先輩》のままでいさせてくれないの?
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