ささやきはピーカンにこだまして
 声は充分に聞こえる距離なのに、人差し指をくいくい動かして、わたしを呼んでいる?
「はい……?」
 とりあえず1段上がって。
 なんだろう…と思って見上げた先輩の目は、眼鏡の奥で笑っていた。
「ところで、なんだ八木(やぎ)? (じゅん)に差し入れか?」
 ええっ?
「や……、まさか! ちがいます。わたしは二紀(にき)に――」
「ははは。あせるねぇ。そんなんじゃ、すーぐみんなにバレちゃうぞ」
 えええ?
 信…じられない。
「なんですかっ、それ」
 結城先輩はわたしの肩をぽんぽんとたたくと、小さく親指を立てた手を振って、下で待っている真澄先輩のほうに階段を駆けおりていった。
 その結城先輩を唖然と見送るわたしの横に音もなく現れて。
 風を巻き起こして3段飛ばしに階段を下りていったのは――準。
 聞かれた?
 まさか、ね。
 止まれ、心臓。
 走っていく準の髪に、真昼の太陽で天使の輪っかがきらきら。
「…………」
 わたしはみとれてしまうのに。
 声もかけてくれなかった。
 あたりまえ…だよね。
 あの子はヒーローで。
 わたしはただの先輩だもの。
 突然重たくなった脚を持ち上げて、ゆっくりと階段を上る。
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