ささやきはピーカンにこだまして
 小松が行き先を告げて、タクシーは走りだす。
 大きなバッグを膝のうえにかかえて、必死に背中を座席に押しつけるけど、カーブにかかるともう、どうしようもない。
「きゃあ」
「んもう! しっかり座ってられないの? 寄りかからないでよ、重いィ」
「わたしのせいじゃ、なーい」
 二紀(にき)のほうには遠慮なく思いきり寄りかかれるけど。
 どうしてこう、右折ばかりなの?
 うわっ。また。
 右折信号に勢いそのままのスピードで突っこまれて、遠心力で身体が――。
 もうだめぇ。
 ばふっ。
 (じゅん)の肩に思いきり頭をのせてしまった。
「ご…めん」

 だう だう だう だう

 だれかがわたしの胸でタイコをたたいている。
「うん……」
 そのときふいによみがえった。
 わたしが知っている、たったひとりの、男の子の温もり。
 その温かさは、年下だって、後輩だって、関係なくて。
 わたしが生まれて初めて知った、二紀とはちがう男の子の温かさ。
「……ごめん」
 もう一度あやまってみたって、今のわたしは《先輩》じゃない。
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