ささやきはピーカンにこだまして
 引き留める手の先に現れたのは息を切らした桃子。
「待たせてごめーん。1本あとのバスになっちゃうね」
「…………」
 走れ、メーメス。
 無言で着替えを始めると、桃子がわざわざうしろに立って不気味に笑った。
「今さらいそいでも、もうおそーい。さぁ、久々にあんたとふたりだ。たっぷり説教してやろう、八木(やぎ)キャプテンさん」
「…………」
 結城先輩のばか。
 だから、キャプテンは桃子がいいって言ったのにぃ。


 やっぱりザーザーと降りだした雨に、仕方なくバス停まで桃子の傘に入れてもらうことになった。
 おかげでひとつ増えたお説教。
「まったく。あんたってどこまでばかなの? 梅雨どきに傘を持ってないほうが悪いんだから。なんで貸してやったりするのよ。自分はどうするの」
 (じゅん)と同じことを言ってるよ。
「だってぇ。亜美ちゃん困ってたから」
「だから? 本当にばか」
 ちがうよぉ。
 運が悪いだけだよぉ。
 まさか、ちょうど帰る時間にこんなに土砂降りになるなんて。
「……っ……」
 だからわかる。
 傘に当たる雨の音で。
 すぐうしろにだれか…いる。
「だいたい、あんたはね……」
 耳元で響く桃子のお説教に肩をすくめながら、すぐ横を、ぽたぽたと雫の道しるべをつけながら通り過ぎる靴を見る。
 雨をはじく紺色のデッキシューズ。
「メーメ、聞いてる?」
「うん」 
 うん。
 そうだね。
 うなずきながら。
 バスが混んでないといいけど……。
 それだけを気にして前を行く大きな黒い傘を見つめていた。


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