ささやきはピーカンにこだまして
「あの、本当にごめん。悪い意味じゃなくて。ちゃんとおしゃれだし。あの…、あの、いつかのレインコートも似合っててすてきだったし――」
「もうやめて」
「…………」
 顔をそむけられてしまった。
 ばかね、わたしって。
 (ふぅ…)
 好かれたいとは思わないけど、きらわれたくは…ないな。
 あと1歩でそこは雨のなか。
 どんどん激しくなる雨が、コンクリートにぽちぽちと小さな輪っかをいくつも広げている。
 (じゅん)の足がぴちゃんと小さな水たまりを踏んだ。
 あのときも濡れていた、準の紺色のデッキシューズ。

 とくん

 あのとき、初めてわたしに相合傘の気恥ずかしさを教えてくれたのは結城先輩だ。

 とくん とくん

 あのとき――…

 とくん とくん とくん

「…じゃ、行きますか」
 準の声に、心臓だけがあの階段を駆けあがっていく。
「ごめん……。ほんと、すぐそこだから――。走って帰る。バイバイ」
「…ちょっ。――待って!」
 気休めだけど、街路樹の夾竹桃の影を走れば、少しは雨除けをしてくれるはず。
 ちょうど青信号に変わった横断歩道に向けて走りだしたわたしの頭の上に黒い影。
「待ってって言ってるでしょ!」
「いいって言ってるでしょ!」
 歩道の真ん中で、磁石のN極とN極みたいに、わたしたちはふるふる揺れて、ひとつの傘に入りそうで、入らない。
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