ささやきはピーカンにこだまして
「ほら。もたもたしてると、おいていくよ、イチローさん」
 (うう…)
 呼ばれたのがわたしだなんて。
 きっとだれも思わないからいい…わけないでしょ。そんな大声で。
 だいいち、わたしはイチローじゃない。一路(いちろ)よ。
 だけど――…。
 ちゃんと足が前に出ちゃうのは、なんでだろう。


 別れ際。
 変わりそうな信号を、二紀(にき)だけが走って渡ってしまったとき。
 次の青信号を待ちながら実取(みどり)が言った。
「さっき、ずっとぼくのこと、見てたよ…ね」
 思わず、うなずきそうになって。
 素知らぬ顔で地面を見るふりをした。
 うん…なんて。
 言えるわけがないじゃない。
「少しは意識してくれた?」
 信号が変わって。
 サッサとひとごみにまじっていく実取の背中を見つめていた。

 年下……だぞ。
 弟の友だち。
 どう意識しろって、いうんだ…よう。

 夕日で実取の髪に、天使の輪っか…つやつや。
「…………」
 キレイだよ、ねえ……。
 気づいたら、わたしはまたみとれていて。
 しかもため息までついていた。
 (わわわわわ)
 なに考えてるのよ、わたしィ。
 横断歩道を渡りきったところでは、待っていた二紀と着いたばかりの実取が、人目もはばからず子犬みたいにじゃれあっている。
「本当にガキなんだから」
 声にだして言っていないと、なんとなく不安。
 なにが不安なのかなんて、わからない、けど――…。
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