ささやきはピーカンにこだまして
 わたしたち姉弟がニキビに悩まなくていい肌質なのは、お父さんとお母さんのおかげだけど。
 だからって、さっきのなごやかな一瞬が幻みたいに、新たに入ってきたお姉さんがたの視線は、嫉妬に燃えてるわよ。
 ひと駅歩いてでも、たったひとつ。
 たったひとつのゼイタクなのよ、スイーツは。
 げっそりななめ前に目をやったら……こいつも3個たいらげたくせに、けろっとしている坊やと目があった。
「イチローさん、それ味見していい?」
「えっ」
 いいもなにも、ちょっと! いやだ。
 言う前にもう、ななめ前から伸びてきたフォークが、わたしのケーキをけずって。
 口をもぐもぐさせながら、無作法な坊やが首を傾げる。
「うーん。やっぱりただの紅茶味のカステラだよなぁ。ねぇ?」
 …って言われても。
「姉ちゃん、食べないならそれ、(じゅん)にあげたら?」
「な…」
 にを言ってるの、あなたは!
 気安く食べ物を分けられる関係じゃないのよ、この……。
 (…………)
 ああ、もう、めんどくさい。
 ジュンでいいわ、もう。
 こんなやつ、ジュン。
「ちょっと!」
「ああ――。ごめん。ぼくのも味見させてあげればよかったね」
 目の前で、フォークといっしょに準の手ひらひら。
 ――気がつかなかった。
 いつもいつもラケットを握っていたから。
 指…長くて。
 フォークが小さく見える。
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