ささやきはピーカンにこだまして
「ちょっとトイレ」
 逃げるが勝ち!
 …と思ったのに、わたしは椅子から立ち上がることもできなかった。
「――トイレは、あっち」
 二紀(にき)がニヤニヤ笑いながら、がっしりわたしの腕をつかんでいる。
 わたしは策士にはなれないらしい。
 (ああ…)
 わたしのかわいい5千円札。

 部活をするようになって、不測の事態で帰りの最終バスに間に合わなくなったときのために、現金で持たせてもらっている予備のお金。
 使わなかったら毎月返却! と厳命されているけど。
 返してまたもらってを繰り返しながら、いつか有効利用してやろうと、ここぞという使いどきを待っていたのに。
 二紀も部活を始めてシステムを知ったから、狙ったんだ、このへそくりを。
 しかも、寄り道すらめんどくさいわたしなら、絶対にまるっと持ってるって確信して。
 (くぅそぉぉおお)
 こんな弟、マジじいらない!
「姉貴ィ、ごちそーさん」
「先輩、どーも」
 またまたぁ。
 こんなときばっかり姉だ、先輩だって。
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