声と性癖
この時もなにもしていない。
ただ、唇を指でなぞっただけ。

けれど、この結衣の声…。
まるで、ベッドにでもいるかのようだ。

『気持ちいいですよ、きっと。』

…ふっ…と結衣の吐息が、ヘッドフォンから流れる。泣き出す寸前の堪えている声だ。
高性能のレコーダーは、そんな吐息さえ余すことろなく拾っていた。
その機能に蓮根は満足する。

『っう…』
『なんで、泣くんです?してませんよ?なにも。』
『うー、しましたよ!いじわる!』

人を思いやる力がある、ということは返せば想像力が豊かだから、とも考えられる。
さらに、それを鍛えるような仕事についている結衣だ。

受けた電話で、現場の状況を詳細に組み立てられるということは、頭の中でその状況を再現している、ということだ。
さらに、その時のその人の心情まで、思いやる。

だからなんだな…。
唇に唇を重ねて、と言った時も結衣は想像したはずだ。

その感触を。
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