頑固な私が退職する理由
そろそろ夕方と呼ばれる時間帯になる。
春分が近づいて明るい時間が長くなってきたとはいえ、太陽の高度が下がりつつあるこの時間帯の屋外は寒いしコートは着ていない。彼のサボりに付き合っていられるのも、あと数分が限界だ。
「そういやおまえ、総務になにしに行くんだ?」
「箱とか送り状をもらいに」
「箱?」
「私、今日で会社来なくなるから。デスクとロッカーの私物を家に送るんだ」
私がそう言うと、彼は小さく「えっ」と漏らして瞠目した。
最終日に挨拶に来る以外、もう出社しないことは、業務上必要な人以外には伝えていない。
青木さんには伝えるつもりでいたけれど、彼にはしばらく距離を取られていたからできなかった。
「そうか……もう来ないのか」
「うん」
もう1日くらい一緒の電車で出勤することができるかと思っていたのだけれど、とうとう叶わなかった。そのことについて、少し前までなら嫌みのひとつでも言えたのだけれど、パーティーの日以来気軽に話せなくなってしまった。
だからこうしてふたりきりで話せるチャンスはこれが最後かもしれない。
だったらもういっそのこと、好きだと言ってしまおうか。
短く、しかし深く息を吸う。
コーヒーの香りが混じった都会の空気は重くて、胸の中の感情を乗せてはくれなかった。
それでもせめて、憎からず思っていることが伝えられたら。
「私ね、青木さんのこと、わりと本気でカッコいいと思ってるよ」
「はっ……はぁっ? 急にどうした? 頭打ったか?」
突然デレた私に、彼はわかりやすく狼狽している。
「どうして爪を隠すの?」
「爪?」
彼は眉間にしわを寄せ、「隠していない」と言わんばかりに爪を見せる。
「顔も綺麗だし能力も高いんだから、遠慮せずにバリバリ活躍したらいいのに」
能ある鷹が爪を隠すように、青木さんは自分の能力や魅力を隠している節がある。それに気づいている周囲の人間は、それをもどかしく思っている。
私が言わんとしていることを理解した彼は、「ああ」とため息交じりに呟いた。