頑固な私が退職する理由

 この日はこのまま、森川社長の接待……という口実で、会社のお金で楽しく食事をすることに。
 彼女は和食がお好きとのことで、まりこにSK企画御用達の割烹の個室を予約してもらった。
 割烹まではSK企画の入っているビルから徒歩5分ほど。森川社長はヒールのブーツを履いていたのでタクシーを呼ぶと言ったのだけれど、
「ずっと座って難しい話をしてたから、外を歩いて体を解しましょうよ」
 とおっしゃるので歩いて行くことに。
 ビルを出ると、外はもう暗くなっていた。時刻はまだ午後5時過ぎ。東京は京都より少しだけ夜が早い。

 電飾に彩られた街路樹の道を歩き、割烹に到着。
 森川社長は「30年以上この界隈で暮らしているのに、こんな素敵なお店、知りませんでした」とたいへん喜んでくれた。
 料理はコースにして、お酒を楽しみながらおしゃべりに花を咲かせる。
「その若さで会社の代表を務めるのは、プレッシャーではありませんか?」
 青木さんの問いに、彼女は笑って答える。
「初めは少しだけ。でも、家族にも社員にもビビってるとは思われたくなくて、顔には出しませんでした」

 彼女は三人きょうだいの末っ子で、先代の経営者であるお父上は長男であるお兄さんに会社を継いでほしかったのだそう。
 しかしお兄さんは「紙の時代は終わる。だから印刷の時代も終わる。将来性のない会社の経営はやりたくない」と、まったく別の業界に就職。
 長女であるお姉さんも、「私にはやる気もないし無理」と言って興味を示さず。
 きょうだいの中で唯一手を上げたのが、末っ子の明菜さんだった。
「だけど父は、あまりいい顔をしませんでした。成績優秀な兄や姉と違って、私はずいぶん両親に手を焼かせましたから」
 彼女の言葉に、ドキッとした。
 まるで自分のことを聞いているような気がしたからだ。
< 19 / 130 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop