頑固な私が退職する理由

「手を焼かせたって、やんちゃだったんですか?」
 今の社長からは想像できないなぁと、広瀬が首をかしげる。
「いえいえ。やんちゃだったわけではないんですけど、勉強はあまり得意ではなかったので」
 森川社長がそう言って笑うと、今度はまりこが首をかしげた。
「えっ? でも社長、ご出身はあの有名大学ですよね? 前に、面識はなかったけど青木さんと同じ大学の同期だって、おっしゃってませんでした?」
 その話は私も聞いていた。彼女が青木さんと同い年だということも、その時に知ったのだ。
「兄と姉はもっと優秀だったんですよ。欲張りですよねぇ、うちの父」
 彼女は「あはは」と笑って、綺麗な所作で小鉢のお料理を口にした。
 親の期待通りに育った姉のいる私は、ますます自分のことを聞いているような気がして、胸がキュッとなった。
 これが仕事でなければ、「そうそう」と共感して一緒に愚痴など言い合えるだろう。接待の場で、もてなす側である私が自分の話をすべきではない。
 そう思って聞き役に徹していたのだが。
「うちの沼田と境遇が似ていますね。話が合うのでは?」
 青木さんがそう言って、私は思わず「えっ」と声をあげた。
 まさか、話したくてウズウズしていたのがバレてしまっていたのだろうか。
「あら、沼田さんもご実家は商売をされているんですか?」
 森川社長が私に期待の目を向ける。
「ええ。父はサラリーマンなんですけど、母がアパレル関係の会社を経営しています」
「お母さまが!」
 彼女は目をさらに輝かせる。同じ女社長ということもあり、ますます興味を持ったようだ。
「はい。今も現役なので、まだまだ誰かに継がせるつもりはないでしょうけどね」
 母はまだ還暦前。よっぽど健康に不安でも抱えない限り、あと10年は社長の座を降りないだろう。
「それじゃあ、境遇が似ているというのは?」
「私も、手を焼かせたわりに、母の期待通りには育たなかったんですよ」
「なるほど。それは青木さんの言う通り、話が合いそうです」

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