頑固な私が退職する理由
森川社長は魅力的だ。彼とは同い年だし、大学も同じ。共通の話題も多いだろう。
恋人として、妻の候補として、彼女は申し分ない。
彼とて、誰かを口説きたいと思えば魅力を武器にするだろう。たぶん、そういう時のために日頃からバレないようにしているのだ。能ある鷹は爪を隠す。
嫉妬に似た感情で心が穏やかではなくなっていく。酒が途端に不味くなる。
彼女に取られるかも……なんて思っちゃってバカみたい。
私が勝手に両想いだと思っているだけで、青木さんはフリー。私のものではないのに。
「森川社長は、どんな人がタイプなんですか?」
まりこが無邪気に尋ねた。森川社長はふにゃっとしたまま答える。
「うーん、好きになった人が好きって感じで、自分でもよくわからないのよね」
青木さんみたいな人、なんて言い出したらどうしよう……と危惧したけれど、さすがにそんな答えは返ってこなかった。
安心したのも束の間、彼女は私に目を向ける。
「沼田さんのお父さんは? どんな人?」
「えっ? うちの父ですか?」
「会社をやってるお母さんの旦那さんがどんな人か、聞いてみたい」
なるほど。女社長である彼女は、同じく女社長である母を参考にしたいということか。
「父は普通のサラリーマンですよ。おおらかで、欲がなくて、ボーッとしてて、あんまり人の話は聞いてないタイプの人間です」
野心的でせっかちで、すぐに怒る母とは正反対。よく言えば癒し系、というところか。
まったく気が合わなそうなふたりだけれど、ないものを補い合えるから夫婦としてうまくいっているのだろう。
昔、いつも私たちに厳しい母が、こっそり父に甘えているところを見てしまったことがある。両親の秘密を知ってしまって気まずかったけれど、ふたりがちゃんと愛し合っている夫婦であることがわかって、とても嬉しかった。
そのような話をすると、彼女はうっとりした顔でため息をついた。
「はぁ~、いいなぁ。私も補い合えて甘えられるパートナーが欲しい」
彼女の言葉に他意はなさそうだ。
私は意識的に青木さんを見ないようにして告げた。
「私もです」