頑固な私が退職する理由
私たちの間では、先に頼んだ方と同じものを頼むのが私たちの間の暗黙のルールになっている。
このルールが始まったのは、数年前。
私が頼んだものに彼が必ず「俺もそれで」と言うようになって、同じものを飲むのがあたりまえになった。
次第に彼と別のものを飲むことに違和感を覚えるようになり、私も彼と同じものを頼むように。
だから私は彼が苦手な甘いお酒を飲まなくなったし、彼も私が苦手な芋焼酎を飲まない。
ただし、そうするのはみんなで飲む時だけだ。ふたりで飲む時は、各々別のものを頼むことが多い。別々に頼んで、お互いのドリンクをひと口ずつ味見する。
こんなルールまで植えつけておいて、どうして私たちは進展しないのだろう。
もし私をもてあそぶ目的でそうしているのだとしたら、女たらしの天才だ。
2時間ほどおしゃべりを楽しみ、青木さんに会計を任せて店を出た。
青木さんはベロベロだ。弱いくせに周りに合わせて飲む癖が直らない。今日はまりこに釣られて飲んでいた。
「いや~もうほんとおまえたちと仕事できてよかった~」
そう言って広瀬の肩に腕を回し、抱きつくようにもたれかかっている。足元がおぼつかないのだろう。
「あーもう自分で歩いてくださいよー」
まりこと広瀬は私たちとは別の路線で帰るので、地下に入ったところで別れる。そのタイミングで、青木さんは広瀬から私に体の預け先を替えた。
「チームに沼田がいてよかった~。いなきゃ無理だった~」
「重い!」
嫌がる素振りはする。でも、こんな時でもなければここまで密着できない。
「ほんと助かってる。ありがとう。チューしていい?」
「は? セクハラキモいし訴えるよ?」
「ひでぇ」
チューだなんて、まさか酔うたびに誰かに言っているのではあるまいな?
後輩ふたりは私たちのやり取りをゲラゲラ笑って、「お疲れさまでした~」と去っていった。
私たちは密着したまま、自分たちの路線へと歩を進める。
「なぁ」
耳元の小声。彼の腕に、少し力がこもる。
「なに?」
「俺、おまえが会社辞めるの、嫌だなぁ」
胸がきゅうっと締め上げられる感覚に合わせて、彼を支える腕に力が入った。
「……うん」
階段に差し掛かる。
彼の歩みはしっかりしていた。