頑固な私が退職する理由
翌朝から、まりこは明らかに変わった。
「愛華さん。昨日の写真で作った素材、いったん見てもらえませんか?」
いつもは特にアレンジなど施されていないミディアムロングの髪が、ゆるく巻かれている。
昨日まではブラウン基調の無難なアイメイクだったのに今日はトレンドを意識したカラーメイクだし、リップも丁寧に塗ってある。
タブレットを持つ手の指先にはスリステのネイルシールが綺麗に貼られ、ひときわ変化を感じられた。
着ている服にも、しっかりアイロンがかかっているようだ。
「まりちゃん、今日はなんだか気合いが入ってるね」
私がそう告げると、彼女照れたように笑った。
「私ももっと頑張ろうと思って」
タブレットに映し出された画像はどれもいい出来だ。明度も彩度のバランスがよくロゴと調和していて、高級感がある仕上がりだ。
「うん、すごくいいと思う」
「やった! じゃあ私、青木さんにも見せてきますね」
「青木さん?」
ここでなぜ彼が? 今まで素材が完成しても、わざわざ見せに行くようなことはしなかったのに。
「実はスリステとは別に、私の企画を見てもらうことになってて。ついでです」
ドキッとした。嫌な動悸だ。
「企画……?」
「はい。私、自分が企画したウェブサービスを運営したくてこの会社に入ったんですけど、昨日それを青木さんに話したら応援するって言ってもらえたんです」
上気してほんのり赤らんだ顔。この顔を見れば、大概の女は気づく。
彼女は「では」と頭を下げ、早足で彼の方へと向かっていった。彼がにこやかに彼女を向かえるのを見て、絶望に近い焦りを感じた。
正直、昨日まではまりこはノーマークだった。彼とは年も離れているし、彼の魅力に気づいている様子もなかったからだ。どちらかといえば森川社長の方を警戒していた。
まりこが彼に興味を示した途端、ここまで焦燥を感じるのには大きな理由がある。
まりこはとても理沙先輩に似ているのだ。
天真爛漫で、一生懸命だけど要領が悪く、周りがつい助けたくなってしまうところなんか、特に。
「いいなぁ……」
あの子はこの先も、毎日彼のそばにいられるんだ。
私は深呼吸をして動悸を落ち着かせ、自分の仕事に戻った。
せめて彼女の作った画像に見劣りしない動画を作ろうと決めて。