頑固な私が退職する理由
まりこが彼を誘った時、ドキッとした。
でも彼はきっと断るだろうと思っていた。
だってまだ私のチョコを受け取っていない。
約束もしてないのに信じていた。
私からチョコを受け取るまでは、帰ったりしないと。
根拠もないのに考えていた。
直帰できるのにわざわざ帰社したのは、私からチョコを受け取るためなのではないかと。
全部私の都合のいい妄想だ。
彼を待つために買った緑茶が苦い。
これを買った時は、彼とのバレンタインの妄想が膨らんで甘い気分だったのだ。だからこのちょっと渋いお茶がちょうどよかった。
今の気分で飲むには、渋みが強すぎる。
私は緑茶を流し込むように飲み干し、ボトルを捨てた。
「あれ、沼田?」
ちょうどスペースの前を通りかかった青木さんが私に気づく。ボトルを捨てた音で気づきやすかったんだと思う。
「……お疲れさま」
「お疲れ。残ってたんだ」
彼の言葉が頭の中で「聞いてたんだ」と変換される。
「……うん」
意識しているわけではないけれど、素っ気なく返してしまう。顔も、愛想よく笑ったりできない。
いつもなら顔を合わせればくだらないことをペチャクチャ喋りながら一緒に歩くのだけれど、どうしてもそんな気分になれず、ひとり早足でオフィスに向かう。
「あ、おい!」
「ごめん、ちょっと急いでやらなきゃいけない仕事、思い出しちゃって」
ふだん通りに接するのが正解だと、頭ではわかっている。でも、できなかった。
ねぇ、どうしてまりこの誘いに乗ったの?
約5分後、軽く仕事を終わらせた青木さんは、身支度をしてオフィスを出ていった。
「お疲れっしたー」
いつもと変わらない口調で挨拶をする彼の姿を、私は見ることができなかった。
他の女とデートに行くのに、笑顔で見送れるほど心は広くない。
「お疲れさまでした~」と、周りに合わせて口に出すだけして、目はディスプレイのコードに向けたまま。
規則的に並んだアルファベットの羅列を眺めているだけで仕事に集中しているふりができるのを、今は利用させてもらうことにした。