頑固な私が退職する理由

 午後8時過ぎ。
「じゃあ沼田さん、あんまり無理しないようにね」
「ありがとうございます。お疲れさまでした」
 最後の残業仲間を見送り、私はとうとうひとりになってしまった。
 作業はあまり進んでいない。今日のうちにここまでやる、と決めたところまではもう少しなのだけど、集中できない。
 どうしても考えてしまうのだ。
 今頃あのふたりはどうしているのだろう。
 食事をしているだけ? それとも、いい雰囲気になってふたりきりになれる場所に行っていたりするのだろうか。
 明日の朝、ふたり揃って今日と同じ服を着ていたらどうしよう。
 青木さんがあの目で私以外の女を見つめるのも、あの指で私以外の女に触れるのも、あの唇で私以外の女の唇を奪うのも、許せない。
「ふぅー……」
 心に溜まったモヤモヤを深く吐き出す。
 リフレッシュしよう。
 そう思って立ち上がり、給湯室へ。手にはもちろん、デスクに常備しているFBOPのティーバッグ。
 熱々のお湯で濃いめに抽出し、いつもは入れない砂糖を入れた。さっきの緑茶が渋かったから、ちょっと甘いものを飲みたい。
 カップを持ってデスクに戻り、まずは芳醇な香りを楽しむ。座ってようやくひと口。雑味の少ないクリアな味わいが五臓六腑に染み渡る。
 ふと思い出して、ジャケットのポケットから箱を取り出した。青木さんに贈る予定だった、今はもう誰のものでもないチョコ菓子だ。
 心を込めて選び、これに決めた時の気持ち、そしてまりこのもとへ行く彼の声を思い出し、目と鼻の奥がツンと痛む。
 贈る宛がなくなったからって、捨ててしまうのはもったいない。
 私は視界を滲ませたまま包装を解く。瞬きをすると両目から零れて、包装紙に落ちた。
「いただきます」
 チョコ菓子は小さく少量だ。2センチ角の4個入り。
 悔しい気持ちを発散したくて、4つとも一気に口に入れた。ほろ苦いけれど滑らかで濃厚なコクのある、最高のチョコ菓子だった。
「今年のもめっちゃ美味しいやん。これ食べられへんとか、かわいそう」
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