頑固な私が退職する理由

 誰にともなく呟いて、箱と包装紙を雑にグシャグシャ潰し、勢いを付けてゴミ箱へ放った。
 まだチョコの味が残る口に紅茶を含む。紅茶よりコーヒーの方がこの菓子に合っていただろうなと、今さら思った。
 夜の会社でひとり、渡せなかったチョコを泣きながら食す。こんなに虚しいバレンタインデーは人生で初めてだ。
「ふぅ……ごちそうさま」
 気を取り直して仕事の続きを始めようとカップを置いた時、このフロアにエレベーターが到着したことを知らせるチャイムの音が、私しかいない静かなオフィスに届いた。
 誰だろう? 警備の人?
 マウスを操作しながら耳を傾けていると、覚えのある足音がこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。
 まさか、そんなわけない。
 だって彼は今、まりこと一緒にいるはずだ。
「お、ほんとにまだいた」
「青木さん! どうして……」
「システム見たら、まだ在席になってたからさ」
 青木さんはまっすぐに私のところへ来て、隣の席にドカッと座った。やはり外は寒かったようで、またしても白い肌が赤らんでいる。
「いやいや、そうじゃなくて。まりちゃんと一緒じゃなかったの?」
「ああ、一緒にいたよ?」
「まさか、まりちゃんをほったらかして戻ってきたんじゃないでしょうね?」
「んなことしねーよ。軽く飯食って、しっかり駅まで送ってから戻ってきましたー」
「それならいいけど」
 よかった。まりことどうこうなってなくて。
 大きく安堵するが、それを悟られてはいけない。
「そんなことより、今年はチョコ、まだもらってねーぞ」
「え? もしかして、私からチョコをもらうために戻ってきたの?」
 顔をしかめて尋ねると、彼は拗ねたように頬を膨らませた。
「悪いかよ」
 なにそれ、嬉しい。気を抜いたら口角と頬を上げてしまいそう。
 だけど残念ながら、彼にあげるつもりだったチョコはもうない。
「ごめん。私からのチョコなんかもういらないと思って、ちょうど今食べちゃった」
「はぁっ!?」
「だってまりちゃんにもらってたし、青木さん甘いのは……」
 苦手じゃん、と言いたかったのだが。
 急に彼が至近距離まで迫ってきて、最後まで言葉を紡げなかった。
「俺のチョコ、返せよ」

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