頑固な私が退職する理由
グイ、と頭部に圧力を感じた次の瞬間、視界が暗くなった。同時に唇が強く塞がれる。
「んっ……!」
これがキスだと認識すると同時に、身体中の血液が激しく巡りだす。
彼のキスは最初から容赦も遠慮もない。逃げられないよう押さえ込み、呼吸のタイミングで噛みつくように深く入り込む。
ちょっと待って。もう少しゆっくり。
そう訴える隙も与えられず、私は彼のコートの袖のところを握る。応えるように、彼は私を抱く腕に力を込めた。
ちゅ、くちゅ、と水気をまとった音と私たちの息づかいがオフィスに響き、いけないことをしているような気持ちになる。
いや、間違いなくいけないことだろう。私はまだ残業中だ。
「ははっ。チョコの味、残ってた」
不敵に口の端を上げた彼をキッと睨む。トロトロにされている今の私がそうしたところで、なんの効力もないことは承知している。
「ありえへん。こんなところで……ひゃあっ!」
不意に耳を撫でられ、条件反射で声を漏らした。
「バーカ。耳が弱いのは知ってんだよ」
彼は意地悪な顔でそう言って、今度は私の右耳に口づけた。耳殻を食みながら、左耳を撫でることを忘れない。
与えられる刺激と音の振動が私の体の芯をビリビリと刺激する。
この場では決して発しちゃいけない甘い声が、不可抗力で出てしまう。
こんなの、もう愛撫だ。キスの範疇を越えている。
「やぁっ……」
「嫌じゃないだろ」
耳に唇を這わせたまま、吐息だけで喋る。その刺激がまた私を腰砕けにする。
声を抑えようとして力んでみるが、腕に力が入って彼との密着度が上がるだけだった。
「もうっ! なんなの?」
「仕返しだよ」
「私、なにもしてない」
「俺のチョコ食った」
「誰もあげるって言ってないし!」
「でも準備はあった」
「まりちゃんにもらってたじゃん」
「あのなぁ。俺がなんのために直帰せず会社に戻ってきたと思ってんだよ」