頑固な私が退職する理由
翌朝、シワになったシャツやスーツを着替えるため、青木さんは朝早くに私の部屋を出た。
彼に合わせて早起きした私も、二度寝せずに身支度をして家を出ることに。昨夜集中できなかったせいで目標まで終わらなかった作業を進めたいと思ったのだ。
もちろん、昨日無意味に付いてしまった残業代分、ちゃんと働いておきたいという気持ちもある。
「うわ、今日も寒っ……」
寒いけれど、心と体に温もりが残っている。
私は軽い足取りでいつもの駅へと向かった。
まりこが出社してきたのは、私が昨夜分の作業を終えた頃だった。
「おはようございまーす」
昨日までと変わりはない。しっかりメイクをして、髪も丁寧に巻かれている。
「おはよう、まりちゃん」
「愛華さん、もしかして早出したんですか?」
「うん。昨日のうちに終わらせられなくて」
その原因の一端はあなたよ、とは言えないが。
「昨日はバレンタインでしたもんね。早く切り上げたくなるの、わかります」
作業を早く切り上げたから終わらなかったわけではないのだが、昨夜のことを詳細に語る必要はあるまい。
特に彼女には、少なからず罪悪感があるし。
「あ、青木さんはまだ来てませんか?」
「えっ?」
唐突に彼女の口から彼の名が出て、ギクッとしてしまった。
「いや、今日はまだ見てないけど。どうかした?」
私が尋ねると、彼女は昨日までと変わらない、ときめきを存分に含んだ笑みを見せた。
「私の企画を見てもらう約束、してるんです」
なんか、思っていたのと違う。
青木さんは、まりことは軽く食事をして駅に送ったと言っていた。
ふたりがどんな雰囲気だったかは知らないけれど、昨夜彼から酒気は感じられなかった。
酒も飲まずに短時間で別れたということは、まりこは体よく振られたんだと思っていた。
だけど彼女に落ち込んだ様子はない。外見も気合いが入ったままだ。
「そっか。企画、頑張ってね」
「ありがとうございます!」
心に残っていた温もりが、すうっと抜けていく。
現状はなにも変わっていない。
それに気づいてしまい、私の浮かれた朝は幕を引いたのだった。