頑固な私が退職する理由
「ふふ。美味しいでしょ? しじみは冷凍した方がオルニチンが多く摂れるらしくて、保存も利くし、下処理だけして常備してるんだ。昨日はなんだかんだで、お互いに飲みすぎたからね」
何気ない……と言うには打算が多かったかもしれない。それなりに料理ができること、ちょっとした知識があること、そして彼の健康を気遣っていることをアピールしようとした。
それはもちろん、自分をより魅力的に見せるためだ。
しかし私の話を聞いた彼は、なぜかショックを受けたような顔をした。
「……そうだな。二次会で羽目外したからな」
ズズ、と味噌汁をもうひと口。「うまい」とは言うがさっきほどの笑顔はなくなった。
え、なに? 私、いったいなにを失敗した?
変なこと言った? 怒らせるようなことした?
わからない。全然わからない。
彼のテンションが明らかに変わって、私も上手に笑顔を作れなくなった。
ダイニングの空気が一気に重くなる。
かろうじて軽い会話を続けたけれど、空々しかった。
食事を終えてすぐ、青木さんは身なりを整えてうちを出た。
「また明日、会社でな~」
「うん。また明日」
結局、告白のようなことはどちらもしなかった。
ふたりの関係についてなんの提案も約束もなく、会社の同僚であることにだけ触れて去っていった。
それから3年。
私たちは同僚以上セフレ未満な関係を続けている。
なんとなく、たぶん、両想い。
好きだと言葉にはしないのに、1年に1~2回くらいの頻度で体を重ねる。
だいたいは私の部屋、ごくたまにホテルで。彼は未だに実家住まいなので、私は彼の自宅に行ったことがない。
ここだけ聞けばただ彼に都合よく利用されているだけのように聞こえるかもしれないけれど、逆だ。私が彼を都合よく利用している。
そう断言できるのは、私たちが体を結ぶのがたいてい私が求めた時だからだ。
先日のバレンタインデーのように、彼から求めることの方が珍しい。
もしかしたら彼はあれを最後にするつもりかもしれない。
最近そう思いはじめて、焦りが増している。