頑固な私が退職する理由
バレンタインデーから数日。
今日はこれから森川社長をお迎えしてミーティングだ。スリステオープン前としては最後のミーティングとなる。
いつものミーティングルームで準備を済ませ、出迎えの時間まではしばし休憩。
今のうちにメイクを直そうとパウダールームへ入ると、まりこが先にメイク直しを始めていた。
「あ、まりちゃんも来てたんだ」
「はい! ちょうどいいタイミングだったんで」
もうひと言ふた言交わし、隣に並ぶ。
まりこは念入りにパウダーファンデーションを重ね、薄くなった目尻のアイラインを上から書き直し、リキッドルージュをこってりと塗りつけている。
彼女がこんなに一生懸命メイクを直しているのは初めて見た。少し前まで軽くリップを塗り直すくらいしかしていなかったのに。
「まりちゃん、今日はえらく気合いが入ってない?」
私の問いに、まりこはにっこり笑って答える。
「だって森川社長、すごく綺麗じゃないですか。並んで恥ずかしくない程度にはしておきたいなって思っちゃって」
なるほど。まりこも森川社長を警戒しているわけか。本当のライバルはここにいるのだけれど、私のことは眼中になさそうだ。
「わかる。でもそんなに必死にならなくたって、まりちゃんはかわいいよ。なんてったって若いんだし」
若いのにファンデーションを厚塗りして若さを塗り潰してしまっている。
直したアイラインは塗り始めたところから太さが変わってガタガタだ。目を開いている時はわかりにくいけれど、目を伏せると気になる。
唇はリキッドルージュの塗りすぎ感がすごい。このままではきっと、口を開いた時に歯に付いてしまうだろう。
急にがんばり始めたからか、技術が追い付いていない。もったいない。
ついアドバイスしたくなったけれど、仕事ならともかくメイクにまで私が口うるさく言うと鬱陶しいだろうと思い、こらえた。
軽く皮脂を取り透明タイプのパウダーだけ乗せてベースメイクを直し終えた私に、まりこは照れながら言い加える。
「えへへ、それだけじゃないんですけどね」
「なになに?」
「実は私、今日デートなんですよ」