頑固な私が退職する理由
森川社長をビルのエントランスまでお出迎えするのは青木さんの役目だ。私とまりこと広瀬は、ミーティングルームで待ち構える。
「こんにちは。お世話になっております」
間もなくふたりが到着。
森川社長は今日も素敵だ。
あれから髪を切ったようで、華奢な首や鎖骨の美しさが引き立っている。女性らしさとカッコよさが増して、ますます憧れる。
「森川社長、お待ちしておりました」
「沼田さん! この度は、素敵なサイトに仕上げてくださって本当にありがとうございます」
彼女は頭を深々と下げた。恐縮した私は「いやいやいや」と言いながら手をブンブン振った。
「私はご依頼いただいた仕事をしただけですよ。ご満足いただけて嬉しいです。仕上がりがよかったのは曽根が作った素材がよかったからなので、どうぞ曽根を褒めてあげてください」
「曽根さんも、本当にありがとうございました」
今度はまりこが恐縮する。
「いえいえ、いい素材ができたのは製品そのものがいいからでーー」
言葉を交わしながらお礼を言い合うふたりを、青木さんが微笑ましく見ている。
彼は今日、手入れのされたシワのないスーツを着ている。
森川社長と会うから綺麗にしたの? それとも、まりことのデートのため?
心の中で問いかけると、私の視線に気づいた彼がこちらを見た。
彼が私のためにおしゃれをしてくれたことがあっただろうか。私の記憶の限りでは皆無だ。
ニッと口角を上げた彼に、私はムスッと不機嫌な顔をして見せる。
彼は私がなぜそんな顔をするのかわからない様子で、軽く肩をすくめた。
「それではミーティングを始めましょうか」
広瀬の声で、各々着席。私はタブレットをモニターに繋ぎ、先ほどお褒めに預かった自信作のサイトを映す。
バカなこと考えてないで、仕事しよう。
私たちは「よろしくお願いします」と言葉を交わし、今日は青木さんの仕切りでミーティングを開始した。