頑固な私が退職する理由
身支度が整ったところでチームと合流。
「お待たせしてすみません」
今日は青木さんと広瀬はもちろん、今日は山中部長も参加する。
「わぁ! みなさん、いつもよりカッコいいですね!」
いつものビジネススーツではなくパーティー仕様の華やかなスーツを着て、髪をきっちりセットしている男性陣に、まりこは歓声をあげた。
彼女の視線はもちろん、主に青木さんに向けられている。
少し光沢のあるグレーのスリーピーススーツ、ピンク系のアスコットタイ、そして綺麗な顔を惜しげもなく披露するように前髪を上げたヘアスタイル。
知っていたけれど、彼はカッコいい。
私たちの初めての夜を彷彿させる姿に、胸が勝手にキュッと反応した。
「本当に。みなさん素敵ですね」
私たちの言葉に男性陣は照れたように笑い、私たちのことも褒めてくれる。
特に広瀬はデレデレで、それを部長にからかわれて顔を真っ赤にした。
広瀬が会場へ移動するためのタクシーを呼んでいる間のこと。
「沼田」
小声が聞こえて顔を向けると、青木さんがチョイチョイと手招きをしていた。
彼に促されるままオフィスを出て、人気のないスペースへ。
彼は自分の顔を指し、小さい声で告げる。
「シューッてして」
「は?」
わけがわからなくて戸惑う。
一瞬「チュー」と言われたのかもしれないと思ってドキッとしたけれど、まさかこんなタイミングでキスをねだるわけがない。
「パーティーだから髭を剃り直したんだけど、乾燥してきたんだよ」
そう言って口回りや頬に触れる。
なるほど、意味がわかった。彼は私がスプレータイプのセラミド化粧水を持ち歩いていることを知っている。それを自分の肌にもシューッと吹きかけてほしい、ということらしい。
「ああ、そういう意味ね」
私はクラッチバックからスプレーを出し、目をギュッと瞑った彼の顔に吹きかけた。
「ありがとう。ああ、肌がめっちゃ吸う」
嬉しそうにペチペチ頬を叩いている。せっかく素敵な格好をしているのに、決まりきらない彼が愛しくて仕方がない。
「こら、そんなに叩かないの」
彼の手の上に自分の手を重ねたのは無意識だった。
「こうして押さえるだけで十分馴染むんだから」