頑固な私が退職する理由
頬を叩こうとする手を押さえつけ、抵抗がなくなったところで日頃私が自分の肌をケアをする時のように彼の手を動かす。
「青木さん、もういい年なんだから、ちゃんとお肌もケアしなよ」
「えー、めんどくさい」
「こんなに綺麗なのに、どんどん老けてくよ?」
「それは嫌だなぁ」
十分に馴染ませたところで手を放す。すると彼の手が私の手を追ってきて、すぐに私の手を掴んだ。
彼の手には化粧水がまだ少し残っていて、それを分け合うように手と手、指と指を擦り合わせる。
それはそれは、卑猥な感じに。
「ちょっと」
「なに?」
私の体の温度が上がっているのをわかっているくせに、彼はとぼけて首をかしげる。
「ここ会社」
「そうだな」
「やめて」
「やめたくないなぁ。着飾った女を乱すのって、男のロマンじゃん?」
「知らんし!」
体の温度がさらに上がる。これは誘いだ。パーティー仕様に着飾った私を乱させろと言っている。
もちろん今すぐというわけではなくパーティーやその後の諸々が終わったあとにということになるけれど、私はパーティーの間ずっとドキドキしていなければならなくなってしまった。
つい先日したばかりなのに。こんなに短いスパンで彼から誘ってきたことなんてなかった。
「青木さーん? 愛華さーん?」
まりこの声とヒール音が近づくのが聞こえて、私たちはお互いに手を放し距離を取る。間もなくして彼女が私たちがいるスペースにやって来た。
「こんなところにいたんですか。タクシー、来たみたいですよ」
「おう、今行くわ」
彼から先に歩きだす。まりこには彼しか見えていないようで、彼が隣に来たところで一緒に歩きはじめた。
私はふたりとは付かず離れず程度の距離であとを追う。
「おふたりでなんの内緒話ですか?」
「なにって、俺の顔見てわかんない?」
「うーん、わかりませんね」
「あいつに怒られてたんだよ。ぴえんって顔してるだろ?」
「あははは」
顔文字に寄せた表情を作って笑わせる青木さん。それを無邪気に笑うまりこ。
私は彼が用意した設定に合わせるべく、怒っている顔を作った。
ただし、彼女が私の顔をうかがうことはなかった。