頑固な私が退職する理由
コートを羽織り、ビルのエントランスへ。
タクシーは2台。1台目に私と部長が乗って、2台目にあとの3人が乗った。
当たり前のように青木さんの隣にまりこが座っている。広瀬は助手席だ。
「いいのか?」
山中部長がメガネと口角を上げ、訳知り顔で尋ねる。
彼は部下をよく見ているし抜け目もない。おまけに部下の恋愛事情の詮索は大得意。
私たちの間に起こっていることを、なんとなく察しているのだろう。
言葉には出していないが、青木さんに取り入ろうとするまりこを放っておいていいのか?という意味で尋ねているのは明らかだった。
「いいんじゃないですか?」
私にはなんの権利もない。
「青木は押しが弱いが、押しに弱いぞ」
「知ってますよ」
押しの弱い青木さんが必死に理沙先輩を口説こうとしたことを、部長も知っている。
私たちは今もまだ、たぶん、両想いだ。
あんなに必死にはなってもらえないけれど、もし彼と恋人同士になるのなら、せめて彼から告白されたい。
たったそれだけのために自分から告白しないのだと話せば、部長はきっと呆れるだろう。
自分でもバカみたいな意地を張っているなと、たまに思うのだから。
発車から5分ほどでパーティー会場であるシャトー・ジャルダンに到着。
私たちのために用意されたバンケットルームは、きらびやかで豪華だった。
壁と天井が白基調の明るい部屋。カーペットはベージュ系の幾何学模様。人数分セットされた円卓に走るライトブルーのテーブルランナーが鮮やかで、洗練された雰囲気を醸し出している。豪奢なシャンデリアもいい。
想定していたよりもグレードの高い部屋であることは間違いなかった。
「なんか、思っていたよりすごいですね」
まりこが目を輝かせている。人がいないうちに、とスマートフォンでカシャカシャ写真を撮りはじめた。
「俺も撮ろう。すげぇ映えてる!」
広瀬も一緒になって撮りはじめる。
一方、青木さんと部長は不安そうな顔をしていた。