頑固な私が退職する理由

 私の母……いや、鑑美屋の一族は京都至上主義だ。この世界で唯一素晴らしいのは京都で、それ以外は自分たちよりずっと格下なのだと、本気で思っている。
「大阪なんかゴミだらけで歩けへんわ」
「名古屋は華やかや言うけど、派手なだけで下品やわぁ」
「東京なんて風流さの欠片もあらへん冷たいとこやんか」
「福岡? そこになにがありますのん?」
 そう言う母は、一生京都で鑑美屋と共に、優雅かつ充実した生活を送るのがなによりの幸せであると信じて疑っていないのだ。
 だけど私は、幼い頃からその価値観にずっと疑問を抱いていた。

 京都はたしかに素晴らしい。歴史的価値、文化的価値のある、豊かな街だ。
 和の雰囲気が強いので意外に思われるけれど、世界中の人が集まるのでインターナショナルな交流も持ちやすいのも素敵なポイントである。
 私は京都市内の中心地、つまり特に景観の優れた場所で生まれ育ったので、他の土地がずいぶん野暮ったく見えていた時期も、過去にはある。
 だけど、母を含め、一族には京都から離れて暮らしたことのある人間はほとんどいない。
 他の土地で暮らしたこともないくせに、京都でないというだけでどうして悪かろうと決めつけるのか。
 京都を愛している。誇りに思っている。
 それには大いに同意するけれど、なぜ他所様をけなさねばならないのか。
 それは失礼なことではないのか。品のないことではないのか。時代錯誤ではないのか。

 古くて片寄った一族の考えに馴染めなかった私は、思春期を迎えた頃に「絶対に京都から出て生活してやる」と強く決心。
 猛反対する母を数年かけて何百回も論破し、10年の期限付きで東京に出ることができたのだ。
 結果、東京は私の肌に合っていた。
 母は風流さの欠片もない冷たい街だと罵ったけれど、都会的な景観は均整が取れていて美しいと思うし、人はみな親切だ。
 一族に縛られず自由に暮らせたこの10年は、私の人生において最も輝かしい時期になるだろう。
 あと少しの間にはなるが、この貴重な時期をうんと謳歌するつもりだ。

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