頑固な私が退職する理由

 司の車で向かった先は、シャトー・ジャルダンだった。
「向かった」より「戻ってきた」と表現する方が正しいかもしれない。
 エレベーターで高層階へと昇り、東京の夜景が望めるスカイバーへ。
 この宝石を散りばめたような景色のどこかに青木さんと森川社長がふたりでいるのだと思ったら、悔しさのあまり愚痴が止まらなかった。
 ひと通り話し終えたのは、私と司がともにカクテルを2杯ずつ飲み終えた頃。
「しょーーーーーもなっ」
 大人の雰囲気漂うバーの重厚感のあるソファー席。ふんぞり返るように座り直した司は、せっかくの整った顔を歪めて呆れた声を出した。
「なによ」
「しょうもない言うてんねん」
 私たちの間では、東京にいる間は東京の言葉で、京都にいる間は京都の言葉で話すのが暗黙の了解になっている。ここで京都弁が出たということは、それほどに呆れているのだろう。
「人が思い詰めてるのに、しょうもないとか言わないで」
 私が唇を尖らせると、司はそれをバカにするように鼻で笑った。
「結局おまえがグチグチ言ってるのってさぁ、“青木さんが思った通りに行動してくれない”ってことだろ?」
「ぐ」
 言い返せなくて喉だけが鳴る。
 ひと言にまとめられると、たしかにしょうもないし、薄っぺらい。悔しいけれど間違っていない。
「先輩にマウント取りたいがために自分からは告白しないとか、そのマウンティングになんの意味があんの? 自分の方が女として優れてるのに〜とか本気で思ってんのかもしれないけど、くだらないプライドのために大きな利益を逃しているとは思わない? 青木さん、今日初めて会ったけどすげーイケメンじゃん。自分から取りに行かないとか、明らかにオペレーションが間違ってるだろ」
 まくしたてられた言葉に私の心はガリガリと削られていく。この男は昔から、他の女には優しいくせに私にだけは容赦がない。
「経営者みたいな言い方しないで」
「経営者みたいなって、実際に経営者だぞ、俺は」
「親のすねかじりのくせに」
「かじってんのは親じゃなくて、ひいじいちゃんのすねだけどな」
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