【完】傷だらけのプロポーズ
「じゃあ、ありがとうございました。 焼肉もご馳走様でした。美味しかったです」
マンション前に着いて、タクシーから降りようとすると大河さんに体をぐいっと引っ張られる。
そして暗がりの車内の中で彼は唇に少しだけあたるキスをした。
驚き慌てて体を離すと、いつもと変わらない無邪気な笑みを見せる。
「焼肉…!ニンニク臭いし…!」
私の言葉に、大河さんはお腹を抱えて大笑いした。
「大丈夫。俺もニンニク臭いから、分からない」
平然とした顔でそう言うのだ。
「また、連絡するよ。 今日は楽しかった。ありがとう。 今度は食べ放題に行こう」
タクシーが見えなくなるまで見送った。 また、今度か…。 大河さんを乗せてとっくに消えた暗がりの道を見て思う。
彼と話しているのは楽しいし、どこか庶民的な所もあって気も合いそう。 何より大河さんの持つ不思議な空気感は居心地が良いのだ。
けれど共に時間を重ねるという事は、期待を持たせる事と同じなんじゃないか。
もしも私が普通の女の子と同じように綺麗な肌を持っていたのならば、それを大河さんに晒す事が何でもない事だったのだとしたら…。
彼のベッドで素顔でも素直に笑える、可愛い女の子だったのならば、こんな寒い冬の夜でも心はぽかぽかに温かくなっていたはずなのに。