【完】傷だらけのプロポーズ
朝比奈の嫌味はいつも通り。
私の家のキッチンは知り尽くしている。 というか、このキッチンで料理するのは私より断然朝比奈の方が多かった。
器用に包丁で野菜を切る仕草。 その横でビールの缶を持って朝比奈と何気ない会話をするのが好きだった。
15年間、朝比奈が隣に居てくれるのが当たり前だと思っていたのだ。
「…この間は変な事を言って悪かったな…」
こちらを向かないまま、朝比奈が呟くように言った。
「変な事?」
「実家に一緒に帰ろうとか…」
「ああ、全然気にしてないよ。 それに近々実家にも帰ろうと思ってたし。
そのついでにおばちゃんに挨拶もしておく。」
「そっか…。母さんも喜ぶと思うし…。
それより何だあ、お前…副社長…結城さんとは上手くやってんのか?」
朝比奈の口調は、いつもよりずっと優しかった気がした。 どこか言葉を選ぶように私へ問いかける。
けれどもその視線はずっと真っ直ぐに前を向いたままだった。 それが少しだけ寂しくて、キッチンに寄りかかって後ろを向いた。