【完】傷だらけのプロポーズ
「今日は車で来ているんだ。送っていく」
「いえ、本当に…困りますので」
「そんな怯えなくたっていいじゃないの。取って食いやしないよ。もっと肩の力を抜いて。
ドライブでもすると思ってさ」
だからドライブをする義理もないのだ。
明日の出社が憂鬱だ。 きっと昨日は何があったのだ?と店長や佐江ちゃんが面白おかしく訊いてくるに違いない。
早足で少し前を歩いていても、彼はぴったりとくっついてくる。 更に早歩きになると、長い脚を前向けて通せんぼするように悪戯な瞳をこちらへ向ける。
…子供みたいな所がある人。 さっき店舗に立っていた大人っぽい表情とはえらい違いだ。
私の手の中にあったバックを無理やり奪い取って、笑いながら宙に掲げる。
背伸びをしても、背の高い彼に届く訳もなく、その様子を見ながら再びケラケラと悪戯な笑みを浮かべる。
「ちょっと、返してください」
「嫌だね。 素直に送られるつーならば返してもいいけど」
「子供みたいな事は止めて下さいッ。大河さん!」
’大河さん’と呼ぶと、彼の動きがぴたりと止まり、目を丸くしたかと思えばダークブラウンの瞳が線のように細くなり眉を垂れ下げて笑った。