好きだった同級生に抱き締められた
「僕は市立図書館で司書の仕事をしているんだ。ま、そんなに威張るようなことは何もないんだけどね。本当にそんな大したことはしてないよ」

 加藤くんはそれからべらべらと司書の仕事について語りだした。申し訳ないくらい、いや全然申し訳ないとは思っていないのだけど彼の言葉は私の耳を通り抜けていく。徹夜明けのロシア語講座並に耳に残らなかった。

 ひとしきり話し終えると加藤くんは私に尋ねてきた。

「君はどんな本を読むんだい?」
「えっと」

 微妙に頭が疲れてしまっている私は中空に目をやった。

「ミステリーとか読むかな。あと恋愛ものとか」

 お気に入りの作家の名前を口にすると加藤くんはあからさまに不愉快そうな顔をした。

 親指で銀縁メガネのブリッジを押し上げる。

「駄目駄目、そんな奴の本なんか読んでたって時間を無駄にするだけだよ。それより……」

 彼は数人の作家名を挙げた。その中には私も読んだことのある人の名前もあったけれど、作風はあまり馴染めないものだった。

 さらに加藤くんは昨今のミステリーについての講釈を始めた。それはあまりにもくどくどとしたもので聞くに堪えなかった。しかし、迂闊に話を止められない威圧感があり私は黙って耳を傾けた。

 ああ、早く終わってくれないかな。

 私はそう思いながらビールグラスの泡を眺めた。
 
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