天降(あもり)の約束
序章 フライボールでプレイボール


私はロコ。本名はヒロコだけど、あだ名でロコ。
高校生になったばかり。高校は、中三になってからはそれなりに頑張って勉強して、県内のそこそこの公立高校に入った。

私は昔から、不安を感じやすかった。初めて保育園に連れてかれたときも、めっちゃ泣いて、母から離れようとしなかったらしい。

そのあと、三才下に妹も生まれて。私はますます、泣けなくなった。長女としてしっかりしてきた、つもり。

泣き虫ヒロコからは成長してきた、けど、時折、無性に泣きたくなる時はあるよ。

泣く訳にも、いかないんだけどね。

部活は、中学のときはソフトボールをやってた。中学から始めたんだけど、それなりに真面目にやったつもり。

高校でも、今のとこ一応、ソフトボール部に入った。けど、引退まで続けられるか、自信はない。今夏休みを過ごしてみて、ずっとソフトボールだけやって、これを来年もやるのは嫌だな、って思っちゃったんだ。

それでも私がソフトボールをこれまで続けてこれたのは、実は…

競技中、結構暇だから。笑

私は外野手だから、そんなに試合中にボールが来る回数は、多くはないんだ。女子だからそんなに外野まで飛ばなかったりするし。

なぜか私は、空高ーく上がった、フライボールを取るのが得意だった。
得意というか、正確には、ミスをしない程度、なんだけど。

中学一年生でソフトボール部に入って、まずみんなが苦戦するのが、フライボールの処理だった。最初はそんなに取れない。ボールの落下点に入るのが、怖かったりする。

私ももちろん、ボールが自分の方に向かって落ちてくるのを迎えるのは、当然怖い。

でもそれ以上に、なんだか嬉しい。それを、落ちてくるボールを受け取った瞬間、私はなんだか、幸せに包まれる。

こんな風に、どこかで誰かが、私に向かって、何かを届けようとしてくれたら。
そしてそれを、しっかり受け止められるなら。

そんな夏休みのある日。
私はまた、外野にいた。監督によるノックの練習中だったが、その日は内野の子たちの調子が悪くて、監督は内野の子に集中してノックをしていた。

暇になった私は、またぼーっとしていた。外野でこうやって、少し空を見上げながら時間を過ごすのは、私は好きだ。雲の形も空の色も、毎日少しずつ違うから。

私は、いつ打球が来てもいいように、打球音だけに気を使いながら、空を見ていた。

そんな時、痛烈な打球音が後ろから聞こえた。
男子野球部と女子ソフトボールは、普段、野球グラウンドをわけあって使っている。その日もそうだった。だが安全のために基本的には練習時間を被らせないようにしていて、被るとしても、お互いの練習時間の最後の30分くらいだけど、最小限にしていた。

その日は少しソフトボール部の練習メニューが遅れていて、時間が延びてしまっていた。
だから珍しく、野球部のバッティング練習の時間と、被ってしまっていた。

私もそのことは遠目で把握していたが、とはいえ、女子ソフト部の方まで打球が飛んでくることはマレだった。私の高校の唯一の取り柄といったら敷地面積の広さで、グラウンドの広さで有名なのだ。よく大会の会場にもなるくらいだった。

だが、その打球音は違った。明らかに良い打球の音だった。打った瞬間。カキーンと、なんだか清らかな音がなり響き、その打球の強さに、男子野球部員からどよめきが起こった。それらの音と雰囲気を感じて、思わず私もばっと後ろを振り向いた。

男子野球部員の外野手が私の方に向かって一生懸命に駆けてくる姿が目に入った。これはつまり、打球が私の方に向かってきていることを意味する。私は突如不安になる。明らかに外野の頭を越える打球だ。

私はばっと上を見上げる。すると打球が、ぐんぐんと空を伸びて直進しているのが目に入った。そしてその落下点は…

まっすぐ、私のいるところだ。

打球はそのまま美しい放物線を描いて。

打球を抱き締める空の色合いがあまりにも、美しかった。太陽が打球を照らした。

しかし、一瞬だけ。
太陽と打球がかぶった。
私の目が、眩まされる。

それでも私は、どうにか目をこじ開けた。この打球は、絶対に落としてはいけない気がした。

打球が下降を始めた。太陽からも軌道が外れてくれた。私の目も通常に戻る。

私は両手を上げた。大丈夫、私が取ると周囲にアピールする。
グラブを差し出す。美しい打球は、そのまま私のもとへ。左手のグローブで受け止める。その打球は重かった。ああ、硬式球ってこんなに硬くて重いんだったんだ、と初めて知る。
左手が流れかけるので、そのまま胸に引き寄せて、右手も使って抱きしめる。そのまま私は、両手を抱きしめる形で、前に崩れ落ちる。

取った。取れた。
良かった。

誰かの想い。受け取れた。
嬉しい。

私は立ち上がった。その打球を打った主である、バッターボックスに立つ人と目があった。
はっきりとあった。

バッターボックスとは百メートル以上離れているはずだけど、私とその人は、はっきりと目が、あってしまったんだ。

向こうも、驚いた顔だった。

それが、あいつとの最初の出会い。
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