緩やかなオレンジ
丘を見上げた私は息を呑んだ。頂上に誰かいる。その人物が誰なのか分かった瞬間に目が潤んできた。
どうして今でもここに来ているの……?
過去に置いてきた気持ちを押し付けるように、あいつは私に気付いて同じように目を見開いている。
今更戻ることもできなくて、私はゆっくり丘を登る。そうして慎吾の目の前で止まった。
「久しぶりだね」
精一杯笑った。あの頃と何も変わっていないと思わせるために。
「おう……」
慎吾は相変わらず短く返事をする。地面に座った慎吾はまた無表情に戻って私を見上げる。
「今でもここに来てるんだね」
「いや、来るのは10年ぶり」
「そうなんだ……」
私は慎吾の横に腰を下ろす。こうして横に座るのも10年ぶり。慎吾が嫌そうにしないのもあの頃と変わらなくて嬉しい。
「お前、いつ帰ってきたの?」
「今朝」
「先輩も一緒?」
「ううん、出張に行ってるよ」
「お前だけで帰ってきたの?」
「そう」
私が実家に帰っているなんてあの人は知らない。『出張』という名の不倫旅行中は私のことを忘れているから連絡もしてこない。
「先輩って呼び方懐かしいね」
「今は旦那か。なんか中田先輩が旦那さんなんて馴染まなくて」
「慎吾はそうかもね。私はもう先輩って呼び方の方が馴染まないよ」
「何て呼んでんの?」
「司さん」
「へー」
慎吾は興味がなさそうに口から音を出す。そんなところも変わっていなくて安心してしまう。
「慎吾はいつ帰ってきたの?」
「先週」
「そっか……」
二人して同じようなタイミングで帰ってきて、同じタイミングでここへ来た。
私は丘の上から町を見下ろした。頂上からは町が一望でき、高校の校舎や遠くの駅と走る電車が見える。