コイノヨカン
定時を過ぎて、渉さんが専務室から出てきてた。

何か言いたそうに、じっと私を見ている渉さん。
その腕には凜さんがくっついている。

「悪いけれど、今日は都合が悪いんだ」
渉さんが必死に剥がそうとするけれど、離れる様子はない。

「ほら、父が待っていますから、早く行きましょうよ」
腕を引く凜さん。

「だから今日は・・・」
私にははっきりとものを言う渉さんも、凜さんには勝手が違うらしい。

イヤだな。
痴話げんかを見せられているようで、居心地が悪い。


「ああ、ごめんなさい。ここはいいから、お二人ともどうぞ帰ってください」
困ったなって空気を出していた私と萌さんに向けた、凜さんの言葉。

「では、お先に失礼します」
萌さんが席を立った。

「じゃあ、私も」
私もカバンを持って立ち上がろうとしたとき、

「お前っ」
渉さんの焦った声。

言いたいことは分かっている。
今日は一緒に帰る約束だったのにって、言いたいんだろう。
でも、渉さんの隣には凜さんがいる。

「もう、渉さん。父が待ってますから」
凜さんはさらに腕を絡めた。

「失礼します」
萌さんに続き、頭を下げてから出口に向かう。

「オ、オイ」

オフィスを出る私の背中に、渉さんの声が聞こえていた。
でも、振り返らない。

いい機会だから、気持ちの整理をしよう。
渉さんにふさわしいのは凜さんであって、私ではない。
今はたまたま近くにいるだけ。
契約が終われば、元の生活に戻るんだから。

萌さんと並んで会社を出ると、駅に向かって歩いた。
不思議なことに、人混みに恐怖を感じることはなかった。
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