コイノヨカン
「この家で育ったあなたにとっては、人に注目されたり、噂されたりする事に抵抗がないのかもしれないけれど、栞奈さんは違うわ。ここでの生活に慣れるのは大変な事だと思う」

「母さんはやって来たじゃないか」
母さんも同じだろう。

「それはあなたと希未がいたから。それに、お父さんが死んでしまったし」

母さん・・・

「もしあなたたちがいなかったら、もしお父さんが元気だったら、私だって逃げ出していたかもしれない」

初めて見る寂しそうな顔。

「栞奈ではやっていけないと思っているの?」

母さんは栞奈を気にいっていると思っていたけれど・・・ダメなのか。
何かショックだな。

「あなた、本当にバカね」

ムッ。
さすがに頭にくる。

「じゃあ、分かるように教えて」

「だからね、私は栞奈さんが好きなの。かわいい娘のように思っているから、苦労させたくない」

「俺と一緒にいれば栞奈が苦労するから反対って事?」

「そうよ」

冗談だろう。
自分の気にいっている子が嫁に来て、側にいれば普通喜ぶもんだろう。
苦労させたくないから反対なんて、矛盾している。

「母さんは本気よ。栞奈さんは娘にしたいんであって、あなたの相手には凜さんの方がいいと思う」

凛?
そんな・・・

「もういいよ」
腹を立てた俺は、席を立ってしまった。

このうちに生まれて、何不自由なく育ててもらった。
松田の家を継がなくてはいけない責任や、人間関係のしがらみがうっとうしく思ったことはあっても、投げ出したいと思ったことはなかった。
それは生まれたときからの運命だったから。
でも、栞奈は違うんだ。
母さんの言葉が、俺には応えた。
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